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在米ジャーナリスト。オレンジ・カウンティ・レジスター紙で地域行政や調査報道を担当。アメリカで数少ない日本育ちの報道記者として、他にも現地の司法や経済、スポーツなど幅広く取材。住宅バブル崩壊が南カリフォルニアに与えた影響を調査したシリーズ記事で、カリフォルニア新聞経営者協会の経済報道賞を受賞。

2009年12月26日

でも車社会にはうんざり

昨晩はアメリカの気に入っているところを書いたので、今回は不便な点を述べる。

ニューヨークやサンフランシスコといった都会の街中に住んでいればちょっとは違うが、米国では車がなければ生活できない。他の先進国に比べて公共交通機関が非常に乏しいのである。郊外にまでアリの巣のように鉄道網がはりめぐらされた東京で生まれ育った者にとっては、なおさら不便に感じてしまう。

確かに高速道路がタダだったり、全ての通りにちゃんと名前がついていたりと、車中心社会の利点もある。一般道で日本の2倍近くのスピードで走行できるのも悪くない(国土が広いので当たり前か)。同じ時間をかけて通勤するのなら、混んだ電車よりも、プライバシーの守られる車のほうがいいという人もいるかもしれない。

それでもボクにとっては、「車なんてないほうがいい」と思ってしまうくらいの不満である。まず何もかもが遠い。街中に住んでいなければ、ちょっとした買い物なんて時に、歩いていける距離にコンビニやスーパーがあることは珍しく、いちいち車を出さなくてはならない。

そうやって車に乗っていれば走行距離も上がるため、定期的に整備をしなくてはならないのだが、その費用がばかにならない。日本のような車検はないが、車が壊れては生活ができないので、ちょっとした不具合でも検査してもらうことに。しかもボクのような車音痴は整備士の言うがままに従わざるをえないので、いつもだまされた気分になる。最近、変速機の調子がおかしく、壊れたときの修理代や新車購入費用を考えるとゾッとする。アメリカでは、車の整備知識が日本語以上に有用である。

他に交通機関がないと、友達と酒を飲むなんて時も、常に気を遣わなくてはならない。酔っ払いであふれた、夜の満員電車ですら恋しく感じる。

もともと歩いたり、電車に乗ったりするのが好きなボクにとっては、車社会だけはどうしても我慢ならない。

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