自己紹介

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在米ジャーナリスト。オレンジ・カウンティ・レジスター紙で地域行政や調査報道を担当。アメリカで数少ない日本育ちの報道記者として、他にも現地の司法や経済、スポーツなど幅広く取材。住宅バブル崩壊が南カリフォルニアに与えた影響を調査したシリーズ記事で、カリフォルニア新聞経営者協会の経済報道賞を受賞。

2010年3月29日

読者の反応

報道で記事を書くようになってから、毎日のように読者から電話やメールが来る(アメリカの新聞では署名付きの記事が当たり前で、ボクのように連絡先を載せている記者も多い)。

スポーツの時も一週間に数回程、読者から記事への反応があったが、その多くが苦情や自分のチームを取材しろという内容だった。

それが今では記事を書くたびに、少なくとも数件の反応が寄せられる。ある強盗事件の公判記事を書いた翌日には、容疑者の母親から自分の息子を犯人扱いするなという怒りの電話があった。

記事への賞賛や苦情は自分にとっての肥やしになるので嬉しいが、困るのは記事を書いたというだけで、専門家扱いされてしまうこと。担当の裁判に関してすら未だ素人なのに、たまたま書いた一般ニュース記事に関しても次々と質問される。

いくつか医療についての記事を書いたものだから、保険の適用や診察を拒否された人々から、どうすればいいのかという質問や不満が寄せられてくる。個人的には民主党の医療保険改革を支持しろと言ってやりたいのだが、そんな単純な問題でもない。

また、一ヶ月ほど前に、ボランティアに参加すれば、ディズニーランドのタダ券がもらえるというキャンペーンを取り上げたため、それについての問い合わせが未だにかかってくる。記事の中で詳細はディズニーのホームページでと明記したのに、そんなことお構いなしだ。

家庭裁判所で起きた判事の不祥事を取材した際は、裁判の結果に不満を持つ夫婦や親たちから、自分たちの問題も記事にしてくれとひっきりなしにメールや電話が来た。どちらか一方が勝てば、もう片方は必ず不満が残る家庭裁判所の訴訟を、一つ一つ記事にしている時間などない。

苦情を真正面から受け止める面の皮の厚さと、ひっきりなしに入ってくる読者からの情報をうまく選別するスキルが新聞記者には欠かせない。

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