自己紹介

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在米ジャーナリスト。オレンジ・カウンティ・レジスター紙で地域行政や調査報道を担当。アメリカで数少ない日本育ちの報道記者として、他にも現地の司法や経済、スポーツなど幅広く取材。カリフォルニア新聞経営者協会の経済報道賞、オレンジカウンティ記者団協会の調査報道賞などを受賞。ジャーナリズムコンテストの審査員を務め、アメリカの大学生や高校生にライティングやジャーナリズムの指導も行う。

2010年8月9日

まるでCSI

怒涛の一週間が過ぎた。ほぼ毎日、数時間の審理に立ち会い、残業で記事を書いていた。

月曜日は、水道管の破裂で裁判所が閉鎖。ほとんどの案件が、翌日に持ち越されたため、火曜日は普段の二倍近くの人が、狭い建物に詰めかけた。

月曜日に、裁判所の前で待たされる市民

月曜日の夜は、最近勢力を強めている、ティーパーティー運動(「大きな政府」に反対する保守派運動)のデモに行って、参加者に話を聞いた。その後には、薬物を使用しないナチュラル・ボディビルのパイオニア的存在のトレーナーを取材。インタビュー後には、自ら1時間ほどトレーニングを体験した。

ティーパーティー運動のデモ参加者。合衆国憲法に立ち戻ってのアメリカ再建を訴える。アリゾナ州の不法移民取締法を支持している。
ナチュラル・ボディビルの権威、ジャック・オブレネス氏。日本人ボディービルダーを指導したこともあるらしい。


水曜日は、浮浪者を乗せてしまった気のいいおばちゃんがハイジャックされるという、気の毒な事件の審理を取材。小児麻痺を患い、しかも酸素ボンベをつけているおばちゃんは、スーパーの駐車場で彼にお金を恵んだ上、ホームレスシェルターに連れ行くことを快諾。

シェルターが見つからなくて、パニックになった20歳の浮浪者は、巨大なナイフを取り出し、おばちゃんを脅し始める。しばらくおばちゃんを助手席に乗せて運転した後、現金と身分証明書を奪い取って、おばちゃんをショッピングセンターの駐車場に置き去りにして逃走。有罪が確定すれば、懲役7年から終身禁固の不定期刑となる可能性がある。

自ら証言台に立ったおばちゃんは、弁護士のしつこい質問ぜめに最後は涙を流していた。それでも尋問後のインタビューで、「彼は社会できっと辛い目に会ったんだと思うわ。きっと暴力でしか自分の主張を伝える方法を知らないんでしょうね」と被告人に同情を見せていた。



木曜日は、21年前に起きた殺人事件の審理。コールドケースと呼ばれる、未解決事件の容疑者が、昨年逮捕された。被告人は75歳の著名弁護士。事件当時から疑いをかけられていたものの、証拠不足で逮捕に至らなかった。それがコールドケース班の捜査再開によって、事件現場近くで押収されていた医療用手袋から、被告人のDNAが検出されたのである。

1989年に、被害者女性とそのボーイフレンド、娘二人が家に帰ってきて、車から降りた瞬間、暗闇に隠れていた犯人が女性を射殺。ボーイフレンドも撃たれて重傷を負った。コスチューム用の髭をつけた犯人は、少女たちに向かって、「ハーイ」と声をかけたという。

被告人の男性は、当時、被害者女性の母親と付き合っていた。その母親は、実の娘と孫娘の養育権を争っていたが(母親の証言によると、被害者は麻薬の取引に関わっていたという)、被告人が当時5歳と11歳の女の子たちに性的虐待をしていたとの疑いをかけられ、関係は複雑であった。被告人は性的虐待については一切否定し、5歳の女の子をまるで自分の娘のように愛していると述べている。

検察側は、被告人が、被害者の娘の養育権をガールフレンドに与えようとして、殺人に及んだと主張している。



金曜日は、元海兵隊員の新築祝いパーティーに乗り込んで、ナイフで重症を負わせたギャングの刑罰宣告があった。被害者の友人たちが。家の前でバイクに乗っているのに腹を立てた犯人たちが、突然、襲い掛かったという。被害者は、腕と太ももに深い傷を負い、肺が破裂し、更には頭にナイフが刺さった状態になったが、九死に一生を得た。

しかし、その6ヶ月後に、仕事に復帰した25歳の被害者は、ケーブルテレビの取付けに行った家で、ハンマーを持った男性に頭をめった打ちされ、その場で死亡した。被告人は妹と口論になって激昂し、何の面識もない元海兵隊員を後ろから襲ったという。

全く関係のない二つの事件だが、両被告人とも以前に人を殺し、有罪となっている。ナイフで襲った犯人は、6度も刑務所に送られては出所している。また、殺人容疑に問われている後者は、女性をレイプしている最中に殺してしまい、22年の刑を宣告された。その後、刑務所での模範的態度によって、半分の刑期で出所した矢先のことだった。

被害者は三度、イラク戦争に従軍し、前線で戦った後に帰ってきた地元のヒーロー。金曜日には、皮肉にも殺人事件の公判が重なり、裁判所に来ていた被害者の家族や友人は、二つの事件に向き合わなければならなかった。

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