自己紹介

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在米ジャーナリスト。オレンジ・カウンティ・レジスター紙で地域行政や調査報道を担当。アメリカで数少ない日本育ちの報道記者として、他にも現地の司法や経済、スポーツなど幅広く取材。住宅バブル崩壊が南カリフォルニアに与えた影響を調査したシリーズ記事で、カリフォルニア新聞経営者協会の経済報道賞を受賞。

2011年12月8日

あれから70年

12月7日と聞いて、何かが思い浮かぶ日本人は少ない。

しかし、アメリカでは、日本にハワイ真珠湾攻撃を受けた日として、第二次世界大戦を経験していない者が大半の現在でも、7月4日(独立記念日)や9月11日(同時多発テロ事件)と並んで特別な意味を持つ。

フランクリン・ルーズベルト大統領は、攻撃の翌日に行った演説の中で、1941年12月7日を「屈辱の日」と呼び、米国民の日本への敵意を煽った。


日米開戦前に行われたルーズベルト大統領の議会演説は、アメリカで最も有名なスピーチの一つである。

ボクがこっちに来てから6年が経つが、これまで日本人として、一度もあからさまな差別を受けたことはない。友だちや退役軍人のおじいさんに、真珠湾攻撃をネタにしたジョークを飛ばされるくらいだろう。

米国民に多大な衝撃を与えた出来事から70周年の今日、日本人のボクが、アメリカで他の人と同じように受け入れられている喜びを噛み締めている。

差別や屈辱を乗り越え、自由と権利を勝ち取った日系人の方々の努力に感謝すると同時に、ジャーナリストとして差別や偏見に立ち向かうことを改めて心に誓った。

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2011年12月4日

米国流結婚式

最近、毎月のように結婚式がある。

先月は従兄弟と親友が結婚するのに合わせて、日本に一時帰国した。祖母は式の間中、ボクのおかげで二人がくっついたと感謝を述べつつ、次はトモヤの番だねと繰り返していた。

そして新年が明けたら、できちゃった婚をする友だちの式に、タキシードを着て付添人として出席する。ハリウッド映画なんかで、新郎と新婦が誓いをする際、横に立っている男女たちがそうである。

ようやく米国ウェディングにも慣れてきて、日本との違いが見えてきた。

こっちの若いカップルは、結婚式用のホームページを作って、式の案内はもちろんのこと、出会いやプロポーズの秘話なんかも載せる。10月に式を挙げた同僚のブルックは、ウェブサイトではなく、新聞を刷って、式の前に招待客に送っていた。二人の結婚までのストーリーを同僚記者が取材して記事にし、新郎と新婦がお互いの人物紹介記事を書く。広告やクロスワードパズルまで取り入れる凝りようだ。



贈り物には、小切手を渡すか、カップルがあらかじめ選んでおいた欲しいものリスト(registryという)から注文するのが一般的。貧乏記者には助かることに、日本のお祝儀に比べると額は少ない。新郎・新婦との関係などにもよるが、友だちなら100ドルくらいが一般的。

式は日本に比べると、もう少しバラエティーがある。フォーマルな式を好む人もいれば、形式にとらわれないウェディングを望むカップルも多い。大学院時代のルームメイトは、大学フットボールチームのテーマに沿った演出を散りばめていた。

参加者の服装も思い思いで、中には普段着と変わらない格好でやってくる人もいる。ブルックの結婚式では、新郎と男性の付き添い人たちが、白のタキシードにお揃いのサンダルをはいて結婚の誓いを行った。


ただし、どの式にもダンスはつきもので、ボクは当初はひるんでいたものの、最近では羞恥心も吹き飛び、周りの苦笑を買いながらも硬い腰を奇妙にくねらせ、ダンサーたちの輪に入っていくようになった。


細かな習慣の違いはあれど、新郎や新婦の一生忘れられないような式にしたいという気持ちは、どの国でも変わらない。

学生ローンに苦しむブルックは、少しでも安くあげようと、業者にはいっさい頼まず、一年をかけて手作りの結婚式を準備した。食事やカメラマン、DJなどは、友だちや知り合いに頼んで回り、花やその他のデコレーションはほとんど自分たちで作ったという。式が迫ってきたある日、緊張と準備からくるストレスで、ブルックが仕事中に涙を流す場面も。その苦労を知る者としては、式でことさら感動してしまった。

ちなみにボクは、男性版のブーケトスである、ガータートスでは今のところ二連勝中である。若い頃にバスケで培ったリバウンド力と、飢えたオオカミのような集中力を発揮している。にも関わらず、その効果は全く現れていない。

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2011年11月28日

「マネーボール」GMの経営哲学

日本でも上映が始まった映画「マネーボール」。ブラッド・ピットが演じたオークランド・アスレチックスのゼネラルマネージャー(GM))ビリー・ビーンにインタビューする機会があった。


ブラピが演じたということで、ビーンは記者から映画の質問ばかり受けるようになったという。ブラピがビーンの自宅にお忍びでやってきた時は、近所中がブラピ目撃情報でもちきりになったのだそうだ。ビーンいわく、ブラピはとても頭の切れる、謙虚な人らしい。

ファンとのサイン会や写真撮影に笑顔で応じるビリー・ビーン
ビーンは資金難に苦しんでいたアスレチックスを、何度もプレーオフに導いたことで評価を得た。データと統計学を駆使して、過小評価されている選手や能力を発掘し、スカウトや監督といった元選手たちの勘や経験に頼りがちな野球界に新風を巻き起こした。昨年のオフに、フリーエージェントの松井選手を獲得したのも彼である。

映画に描かれているように、短気だと聞いていたので、少し緊張してインタビューに望んだのだが、会ってみると驚くほど物腰が柔らかく、質問にも飾ることなく丁寧に応えてくれた。

よく誤解されるのだが、ビーンの功績は、データや統計を用いる理論を発案したことではない。セイバーメトリクスと呼ばれる理論は、1970年代から存在し、統計好きの野球ファンの間ではよく知られていたのだが、保守的なスポーツ界では敬遠されがちだった。

ビーンが優れているのは、自分が元選手であるのにも関わらず、野球界の「常識」やムラ文化に縛られない発想を採用し、それを組織内で徹底させた経営手腕である。

ビーンとアスレチックスは、既存のアイデアを用いてマーケットにイノベーションをもたらしたという点で、故スティーブ・ジョブズやアップルに似ている。(アスレチックスがシリコンバレーのそばにあるというのも興味深い)

どうしてチームの建て直しがうまくいったと思うかと聞くと、ビーンは必要に迫られての結果だと述べた。ヤンキースやレッドソックスのような資金力のあるチームと同じような選手を狙っていては、アスレチックスは絶対に勝てない。大企業と同じ製品やサービスを提供しようとしていたのでは、中小企業がつぶれてしまうのと一緒である。

もしアスレチックが新しいやり方を試して負けても、失うものはない。期待通りの結果で終わるだけ。勝てば儲け物である。「ある意味、何にでも挑戦できるという状況は強み」だとビーンはいう。

運良く当時のチームには、自由な発想ができる若いスタッフが何人もいたので、彼らにチャンスを与えたのだそうだ。プロ野球経験のない、大学をでたばかりの無名の若者の考えが、スカウトよりも正しいと信じる判断力と決断力。自身は数学が苦手だというビーンは、「そのためにボクはすごく頭のいい人たちを雇うんだ。ボクはそれを信じるだけさ」と笑顔で語った。

今のスポーツ界は、10年前だったらゴールドマンサックスに就職していたであろう、アイビーリーグやビジネススクール出身の人材を採用するようになった。プロアスリートではない優秀な若者が、スポーツに進出するチャンスなのだとビーンは言う。

映画の原作となった同タイトルの本が出版されたのが2003年。もうセイバーメトリクスを取り入れていないメジャーのチームはおそらくないだろう。みんなが同じような評価システムを取り入れている現在の状況では、以前のように資金力のないチームが長期に渡って勝ち続けるのはメジャーリーグでは難しくなっているとビーンは分析する。既に彼は、統計分析が野球ほど進んでいないサッカーに目をつけている。

「マネー・ボール」を書いた著名作家のマイケル・ルイスは、アスレチックスのオフィスに突然やってきて、ビーンたちが何をしているのか知っているから、チームに帯同させろと言ったそうだ。

オークランドの近くに住むルイスがアスレチックスのことを聞きつけなかったら、ビーンが彼の取材を拒否していたら、もしくはルイスがチームに張り付いていた2002年に、アスレチックスがプレーオフに進出していなかったら、果たして野球界はどうなっていたのだろうか。

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2011年11月26日

なぜ子どもを留学させるべきか

(以下はボクが書いた新聞用コラムの訳)

ボクは未だに、20年前に初めてアメリカで英語を話した時のことを覚えている。

ワシントンD.C.に到着したその日、ボクは風邪を引いていたため、ホテルのベッドに寝て両親や弟たちが夕食から戻ってくるのを待っていた。すると突然ハウスキーパーが部屋に入ってきて、ボクに話しかけてきた。

全く彼女の言いたいことが理解できないボクは、恐怖におののき、「ノー・マザー、ノー・マザー!」と知っている単語を並べて、彼女が出て行くまでわめき続けた。

その時ボクは小学三年生だった。父がアメリカの会社に出向になり、家族全員で日本からワシントンの郊外に引っ越したのだ。海外に住み、現地の公立高校に通った当時の二年間は、ボクの人生に最も大きな影響を与えた。英語やアメリカ文化を学べたことも確かに大きいが、振り返ってみると得られたものは単なる知識にとどまらない。

出だしは楽ではなかった。

学校初日、父はボクと弟を送り届けて、すぐに去ってしまった。教室では担任の先生とクラスメートが、理解不能な言語でやり取りをしている。ボクは静かに席に座り、何度も引き出しをチェックするふりをしながら、隠れて涙をぬぐった。

昼にカフェテリアに行くと、当時一年生だった弟がボクを見つけ、「兄ちゃん!」と、今でも忘れられない笑顔を浮かべ、日本語で叫んできた。自分の情けなさが悔しかった。

到底、国語や社会の講義を理解できるはずもないので、当初は英語を母国語としない生徒のためのESLというクラスを主に受講していた。ある日、いつもより早くホームルームに戻ると、生徒たちがスペリングビーのコンテスト(英単語の綴り当て大会)をやっていた。何を思ったか、担任の先生がボクも加わるようにと促してくる。

スペリングビーが何なのかすら分からないボクはパニックに陥り、「やだよー、やだよー」と必死に拒否し、しまいにはクラスの前で泣き始めた。

最初に通った学校には他にも多くの日本人がいたので、彼らとつるむことが多かった。それを面白く思わないアメリカ人の子どもは、英語を話せないボクをからかい、ボクが休み時間にバスケットボールをしたくても、仲間に入れてくれなかった。

運良く家族が引っ越すことになって、ボクも6ヶ月で別の小学校に転校したのだが、そこではスポーツのおかげでいじめを乗り越えることができた。

野茂選手がメジャーリーグに挑戦する前からトルネード投法を駆使していたボクは、変なフォームで早い球を投げるひょろひょろの小学生がいるぞと、地元のリトルリーグではちょっとした話題になった。日本ではやったことのなかったバスケットボールも、ドッジボールで培ったボールさばきが功を奏し、地元のオールスターチームに選ばれた。アジア人に対するステレオタイプに拍車をかけるがごとく、算数ゲームでは他を圧倒した。

すると次第に、クラスメートたちの尊敬を得られるようになり、向こうからボクに近づいてくるようになった。新しい学校には日本人があまりいなかったので、自然とアメリカ人の生徒と遊ぶようになった。ボクの臆病な心は打ち砕かれることになったものの、二人の金髪少女にも恋をした。

人は逆境にぶつかると学習が早いもので、一年が経つとESLを卒業することができた。

父の任期が終わる頃には、日本に帰りたくないと親にせがむほど、アメリカでの生活に順応していた。アメリカの自由と3ヶ月の夏休みが好きだったことに加え、日本に再適応できるかどうか不安だったこともある。

日本に帰国した後も、いつかアメリカの大学に通いたいと夢を抱くようになった。ワシントンでの経験が、外には大きな世界が広がっていることを教えてくれ、自信と適応力を与えてくれた。泣き虫で甘えん坊だった自分を、いくらかは冒険家にしてくれたように思う。

弟、近所の友だちと下校する様子
そして無意識のうちに、我々が当たり前のこととして受け入れている、従来の知識や価値観を疑う力を身につけた。

アメリカに比べると、日本の教育は規律と画一性を重んじる。中学生や高校生は制服を着用し、少年野球や高校野球では、選手が丸刈りを命じられる。ボクの小学校では、ランドセルやロッカーの整理にも成績がつけられた。

外の世界に踏み出して異文化に身を投げ込むと、常識だと思っていたことが普遍的ではないことに気がつくようになる。多様性に寛容になり、自分だけが正しいと決めつけるのではなく、違いを理解しようとするようになるのだ。

子どもの頃に留学したことで、ボクは異文化を学ぶだけでなく、自分自身についても理解を深めることができた。その機会を与えてくれた両親に、ボクは感謝してもしきれない。

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2011年11月25日

感謝と優しさ

一年前の感謝祭は公選弁護士デーブの家で過ごしたと書いたが、今年はデーブの同僚フィルが夕食会に招待してくれた。二年近い付き合いになる裁判所の人たちは、日本から一人でやってきているボクを哀れんで優しくしてくれる。

フィルは、お金も地位もない弱者の権利を守ることに身を注ぐ、公選弁護士の鏡のような存在。保守的なハイデザートでは貴重な、筋金入りのリベラルでもある。

サンバーナディーノ郡公選弁護士のフィル
フィルの娘さん二人の家族もやってきて、フィルが一週間かけて準備したという感謝祭料理を堪能した。アメリカ人は家族の集まりに他人を招くことをいとわない。こっちに住むようになってから、感謝祭やクリスマスになると、必ず誰かが家族パーティーに呼んでくれる。

裁判所に勤めるある女性は、祖父がいつも感謝祭のパーティーにホームレスを招くのだそうだ。どうしておじいさんはそんなことをするのかと聞くと、「いいことだからと教えられてきたからじゃないかな」という。

ディナーテーブルで食事をしながら、感謝祭にちなんで、一人ずつ何に感謝をするのかを発表した。ボクは、「フィルがこんな素敵な夕食に招いてくれて、みなさんにも出会うことができたことに感謝します」と話した。

ボクも、優しさや自分の幸せを見知らぬ他人に分け与えられるような寛容さを持っていたい。


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2011年9月19日

記者の教える英字新聞の読み方

これまで多くの英語学習者に会ってきたが、英字新聞を読んでいるという日本人は少ない。

新聞は時事ネタの宝庫であり、ネイティブの使う表現が学べ、さらにはその国に住む人々の視点や価値観に触れることができる。しかも、アメリカの新聞社の多くは、インターネットに無料で記事を掲載しているため、英語の勉強に活用しないのはもったいない。

英字新聞や雑誌の記事は、子供から大人まで広く読んでもらえるよう、シンプルな口語表現で書かれているのだが、教科書で英語を学んだ日本人にとって、ネイティブの使う口語表現というのはむしろ理解しづらい。

だが、英語の論文と同じように、新聞記事にも形式が存在する。今回は実際に英字新聞の記者として働く者の視点から、英文記事の形式を解説し、読み方のコツを伝授する。

新聞というのは、朝の限られた時間や、ちょとしたスケジュールの合間に読まれることが多い。読者の大半は、一つ一つの記事を精読するのではなく、全体を流し読みする。そのため、書き手としては、見出しと書き出しで読み手を釘付けにすることに重点を置く。入りが肝心なのだ。

英語では、新聞記事の最初の1〜3段落をリード(leadもしくはlede)と呼び、大きく分けて次の二つの書き方がある。

1)要約リード
これは「誰が、どこで、いつ、何をした」のかという、記事の最も重要なポイントを、最初のセンテンス、もしくは数行で要約してしまう方法。最新の事件や、ニュース自体にインパクトのある記事で多く使われる。

次の文は、"Obama plan to cut deficit will trim spending by $3 trillion"(「オバマの赤字対策プラン、支出を3兆ドル削減」)という見出しのニューヨークタイムズ紙の記事の書き出しである。
WASHINGTON — President Obama will unveil a deficit-reduction plan on Monday that uses entitlement cuts, tax increases and war savings to reduce government spending by more than $3 trillion over the next 10 years, administration officials said.
見出しだけでも記事の内容は見当がつくが、リードを読めば、オバマ大統領が月曜日に赤字対策プランを発表し、社会保障の削減と増税、戦費の節約などによって、向こう10年間で3兆ドルの支出削減をするつもりであることが分かる。

この後で、プランの詳しい内容や、赤字問題の背景などが説明されることは、容易に想像がつく。時間のない人や、トピックに興味のない人は、次の記事に移ればよい。

2)具体例リード
いきなりネタばらしをするのではなく、ニュースの本質に関係した具体的エピソードから入る方法。特集記事や社会問題を取り扱うような記事で用いられる。読者の共感を誘ったり、「うーん、これは一体何のことだ」と興味を誘ったりして、続きを読ませる狙いがある。スペースに余裕のある雑誌記事でも、具体例リードが多く使われる。

次の文は、ボクが最近書いた、"Children battle growing waistline"(「ふくれるウエストに苦しむ子どもたち」)という記事の書き出しである。
Victor Garduno ate late at night and drank almost a gallon of soda every day with almost no exercise while growing up. 
When he reached 270 pounds at 17 years old, Garduno made a decision. 
“I was always a big kid,” Garduno said. “I just decided to change it because I was tired of people picking on me at school and everywhere.” 
Completely altering his lifestyle, Garduno lost 130 pounds in 10 months. His cousins, who hadn’t seen him in a few years, didn’t recognize him. He’s now 20 years old and weighs 150 pounds at 5 feet 10 inches tall. 
But Garduno’s success story may be an exception. Today, nearly one in three American children are overweight or obese. The prevalence of children who are obese has doubled over the past 20 years, while the number of obese adolescents has tripled, according to American Academy of Pediatrics.
ビクターという高校生は、ほとんど運動をせず、夜遅くに食事をして、毎日4リットル近くのソーダを飲んで育ったため、17歳で体重が120キロを超えてしまった。学校でいじめられるのが嫌で、ある日ダイエットを決意し、なんと10ヶ月で60キロの減量に成功。

これだけでもすごい話なのだが、第5段落で話題は、ビクターではなく、子どもの3人に一人が肥満であるという社会問題へと移っている。導入部分は、インパクトのあるエピソードで、読者の興味をひきつけるのが目的だ。

そして具体例リードの直後には、通常、「どうしてこの記事を読む必要があるのか」を説明するナットグラフ(nut graph)という段落が続く。ここでは第5段落がナットグラフにあたる。

要約リードは一目で重要なポイントが分かるが、具体例リードを用いる記事では、ナットグラフを見つけられるかがカギとなる。ナットグラフを理解できてしまえば、残りの解説部分も意味を推測しやすくなるからだ。

英字新聞を読む際は、見出しと導入部分に目をやって、まずは要約リードなのか具体例リードなのかを判断。具体例リードならば、ナットグラフを探すという訓練をするとよい。

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2011年9月18日

熱い数学者

テネシー大学でルームメイトだった数学者の小林雅人さんが本を初出版された。


雅人さんとは、数ヶ月の共同生活で狭いベッドルームをシェアし、毎晩遅くまで文化論や教育論などを語り合った仲である。数学科の博士課程で学んでいた彼は、常に数学のことばかり考えていて、アイデアが浮かぶと、食事の途中でもペーパーナプキンに数式を書き出したり、パーティーを抜け出したりしていた。

英語力向上のため、ボクとは英語でしか話さないと決め、たとえ日本人の友達といる時でもボクとは英語で会話していた。朝は早起きをして、ボクがすすめた英語のテキストとCDを使って朗読。そして昼間は、カフェやオフィスにこもって数学の研究をしていた。

変わり者と言われようとも、ひたすら我が道を進み、何事にも情熱を持って取り組む姿勢には、ボクも刺激を受けずにはいられなかった。あの数ヶ月がボクに与えた影響は大きい。

著書のタイトルは、「あみだくじの数学」と一見分かりやすそうだが、読んでみると中身は思い切り専門的で、高校数学で落第しかけた自分には理解不能だった(なので一般の方にはおすすめできない)。数学の勉強方法を解説する章は、表現までが本人丸出しで思わず吹き出してしまった。

「勉強する時は、時間は短くてもいいから、集中しよう。"黄金の時間"を作ろう。勉強するためだけの時間。何人たりとも邪魔することは許されない。電話や宅急便や選挙カーの演説などはすべて"敵"だ。」(極端なところは全く変わっていない)

「数学の研究に必要なものは、まず自信。次いで集中力と持久力。本気で取り組むと、脳が汗をかくほど考える経験をすることになる。」(一日中、数学の勉強した後、にやつきながら、「脳が汗をかいた」とぶつぶつ言っていたのを思い出す)

東工大と埼玉大で講師をしながら研究を続けている雅人さんが、わざわざ米国に著書を送ってくれたことに感謝である。ボクも負けないように頑張りたい。


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2011年9月13日

9・11を振り返って

米同時多発テロ特集の一部として、新聞に、「海の向こうの9・11」というコラムを書いたので、訳を載せる。



ボクが夜遅く大学から帰宅するなり、父が玄関まですごい勢いでやってきて、ニュースを見ろと言った。テレビをつけると、地球の反対側で二機の飛行機が高層ビルに突入していた。ちょうど10年前のことである。

「信じられないような映像をご覧いただいていますけれど、これは現実の映像です」とニューヨークにいる日本人記者が説明した。

大手テレビ局は、ニューヨークとワシントンからの生映像を流し、CMを全面休止して終夜放送を行った。

次の日、学生たちの間では、テレビで見た悲惨な映像の話題で持ち切りだった。同時多発テロで亡くなった24人の日本人に、大学の卒業生が含まれていたことは後で知った。あの日、命を落としたおよそ三千人の犠牲者のうち、約370人が外国人である。

ボクは、なぜ9・11(米国では、9月11日というと、あのテロ事件を指すようになった)が起きたのか、答えが欲しかった。あの日は、ボクが大学でアメリカ研究を専攻する一つの要因となった。

祖父母を含め、多くの日本人が米国に旅行することを恐れていた時期、ボクはデューク大学に留学することを決めた。もっとアメリカという国について知りたかったからだ。

イラク戦争が始まった数ヶ月後に、ボクはデュークに向けて出発した。片道航空券しか持っていなかったからだろう、止まった空港の全てで、運輸保安局の職員から徹底的な身体検査と手荷物チェックを受けた。他の乗客が横を通り過ぎていくので、恥ずかしかった。

米空軍の予備役将校訓練課程に所属する田舎町出身のルームメイトと暮らし、アメリカ人の大学生たちと歴史や政治について語り合うことで、アメリカという国が、9・11によって、日本人には想像できない程の傷を負わされたのだと思い知らされた。

その年のクリスマス休暇はニューヨークで過ごした。どうしてもニューイングランドではなく、ニューヨークに行くのだと言い張った当時の彼女に感謝である。テロから2年が経ったグラウンドゼロは、空き地のままだった。

大晦日には、凍える寒さのタイムズスクエアで、7時間も立ち続けてカウントダウンを待つはめになったが、それだけの価値はあった。周りの人たちと震えながら文句を言っているうちに、世界中に友達ができた。

カウントダウンの直前、何十万もの多様な人々が「God Bless the USA」という愛国歌を熱唱し、テロから立ち直ろうとする街に響き渡った。ボクはニューヨークという街に恋をしてしまった。

                                     

再び米国に戻ってきて、6年が経つ。

日本の食べ物や公共交通機関が恋しくなることはあるし、日本にいれば病気になっても医療費の心配をする必要もない(米国の医療費は高くてかなわない)。日本にいる家族や友人にもなかなか会うことができない。

それでもボクはアメリカに住んで仕事をするのが好きだ。ボクにとって魅力なのは、この国に住む人たちが、お互いをありのままの個人として受け入れようとする寛容さである。

数ヶ月前にニューヨークを訪れた時、そこら中でゲイや人種間カップルが手をつないで歩いている光景が微笑ましかった。

一つ屋根の下、ボクがご飯に臭い納豆を食べている横で、ルームメイトがハンバーガーとホットドッグを焼いて、一緒にヤンキースの試合を見るなんてことも当たり前。

さらには、ボクのように英語を第二言語として学んだ者が、プロの物書きになるチャンスを与えられるのだ。

真珠湾攻撃で強制収容所に送られた日系市民が、9・11の後、ムスリム系市民を支持したことを聞いて、誇りを感じられずにはいられなかった。未だに偏見と戦わなければならないムスリム系アメリカ人が、自由こそが彼らをアメリカ人にするのだとボクに言った。

合衆国憲法に記された理念こそが、世界の隅々から人々を引き集め、人々をテロの恐怖から解放するのである。

この日曜日、ボクはおそらく国旗を掲げはしないだろうが、自分にとって9月11日がどんな意味を持つのか、静かに振り返ってみようと思う。

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2011年9月11日

服が大きすぎる

最近、順調に痩せてきていることもあって、こっちで体に合うサイズの服を見つけるのに一段と苦労している。

若者向けのブランドならまだしも、スポーツ店なんかに行くと、Sでも大きいくらい。周りの客を見れば、それも納得なのだが。

日本では体格のいいほうなのに、こっちだとみんなにスキニーだと言われる。国民の1/3が肥満というアメリカの現実を身をもって感じる。

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2011年9月5日

運命の出会い:ボクとMac

スティーブ・ジョブズの辞任が大きな話題になった。日本でもジョブズに学ぶ経営術やらプレゼン術といった記事や本があふれている。iPhoneやiPodといったアップル社製品を使っている人はもう珍しくない。

でも、つい数年前まで、Macを使っているのは一部の愛好者だけで、ジョブズの名前を聞いたことがある日本人もあまりいなかった。

ボクがMacを愛用するようになったのは、大学でアメリカに一年間の交換留学をした時だ。子供の頃は、家にあったMacを使っていたが、いつの間にかWindowsに取って代わられていた。

ところが、デューク大学のコンピュータストアを初めて訪れた時、店頭に並んでいた銀色のノートパソコンを見て、心に衝撃が走った。

「なんて美しい機械なんだ」

スーパーのおもちゃコーナーに惹き寄せられる子供のように、いつのまにかその機械の前に立っていた。どこからともなく、色白のもやし君が隣にやってきて、「これは最新のOSを搭載したPowerBookなんだよ」と解説をし始めた。

彼がExposé機能を見せてくれた時、そのクールさに思わず声を上げた。彼が再び、今度はスローモーションでExposéをデモンストレーションしたので、ボクは"What was that?"(「今のは一体、何なの」)と興奮して聞いた。

Windowsが犬の糞に見えるほど美しいフォントとデザイン。細部までこだわり抜かれた使い勝手。一目惚れとはこのことである。

勝手に解説を始めた彼によると、これはMacなのだという。そして誇らしげに名刺を差し出してきた。

彼の肩書きは、デューク大学のアップル社キャンパス代表。聞こえはいいが、アップルが大学で自社製品を宣伝するための、いわば使いっ走りである。だがアップルを愛するオタク学生にとっては、無給だろうが、社割がなかろうが、アップルの代表という肩書きさえもらえれば至福なのである。

しかも彼の名前は、ボクと同じトム。まさに運命である。

ボクはいったん寮に戻った。部屋には日本から持ってきた東芝製ノートパソコンがある。買ったばかりだ。でも10分の道のりでボクの頭の中にあったのは、PowerBookに刻まれたリンゴマークの微笑みだけである。

当時のボクは完全に親の脛をかじっていた。しかし、恋する学生にとって、そんな事実に抑止力はない。

ボクは走り出していた(というのは大げさで、おそらく周りの目を気にして早歩きだった)。親が教育のためにと貯めていた資金をボクは惜しみなく差し出し、PowerBook 12インチを購入した。これを聞いた母親の反応は、恥ずかしくてここには書けない。

その日は徹夜でMacに向かった。一つの操作を覚えるとそれが他のソフトでの作業にも応用できるところがMacの魅力である。ほぼ一日で基本操作はマスターしてしまった。

初めてジョブズの基調講演も見た。文字だらけのスライドに疑問を抱いていた自分にとって、まさに理想とするプレゼンテーションだった。インターネットの動画で、ジョブズのプレゼンを何時間も研究した。ビジネスのクラスでは、一人だけ発売されたばかりのKeynoteを使って、写真と図を駆使したプレゼンを行った。慣れない英語でのスピーチだったが、ジョブズになりきる自分に酔いしれていた。

その後のボクとMacについては、チープな恋愛映画にもならないくらいののろけ話になるので割愛するが、PowerBookとジョブズがボクの人生の幅を広げてくれたというのは誇張ではない。

PowerBookを8年間使い続けて、最近ついにMacBook Proに買い替えた。ジョブズの辞任と同じ時期というのは偶然だが、ボクにとっても一つの時代が幕を閉じたということだろう。

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2011年8月16日

「ザ・ホワイトハウス」

映画「ソーシャル・ネットワーク」の脚本で、日本でも注目を浴びたアーロン・ソーキンだが、彼の代表作と言えば「ザ・ホワイトハウス」だ。

この1999年から2006年にかけて放映されたテレビドラマを見始めたのだが、ソーキンの才能と米国エンターテイメントの質の高さに驚かされる。

ホワイトハウスを舞台に、大統領とその側近たちの日常を描いた政治ドラマなのだが、政治家が私欲と野心に飢えた汚い存在であるという偏見を、見事に打ち破っている。彼らもあくまで人間であり、ボクたちと同じように対立する価値観に挟まれ葛藤に悩んでいるのだ。テレビの薄っぺらい政治討論番組なんかよりも、ずっとためになる。

左寄りで理想主義的だという批判もあるが、大統領選挙に向けて、これからまた話題になるであろうアメリカの政治を理解するにはうってつけの作品だ。

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2011年8月14日

公選弁護局がiPadでコスト削減と仕事の効率アップ

サンバーナディーノ郡の公選弁護局が、完全なペーパーレス化に向けてiPadを導入。ビクタービルの裁判所でも、弁護士全員にiPad 2が配られた。

公選弁護士は、一日に20人以上もの案件を扱うこともざらで、これまで大量のファイルを抱えながら裁判所を歩き回らなければならなかった。それが今ではスマートにiPadだけを持って仕事をする弁護士も多い。

右がこれまでのスタイル。左は今回のシステムを考案したキャンティ公選弁護人。

iPadを配るだけでなく、情報の流れを一元化する独自のシステムも考案。しかも、役所や大企業にありがちな、一千万円以上もするデータベースを、専門家に頼んで数年かけて作ってもらうのではなくて、パソコン好きの二人の弁護士たちが、誰でも買えるアプリだけを使ってわずか数ヶ月で実現させた。使ったのは、PDF Expert(850円)Dropbox(無料)だけ。

事務員たちがスキャンしたPDFデータを、Dropboxを使って交換し、サーバーにアップにアップするというシンプルな手順。あまり機械に慣れていない弁護士たちも、すぐに順応している様子だ。

かかった総費用12万3千ドル(約940万円)のほとんどは、郡で働く100人以上もの公選弁護士に配布されたiPadの代金。

郡が財政難に苦しむ中で導入に踏み切ったのは、長期でのコスト削減が大きな理由。取り扱った案件の書類は全て保管しておかなければならないので、紙だと倉庫代がばかにならない。全てデジタル化してしまえば、ファイルを作るための文房具代や人件費も節約できる。

しかし、弁護士たちにとっては、iPadを活用することで、被告人によりよいサービスが提供できるという期待の声が何より大きい。情報の検索や交換が、紙の書類に比べてスムーズに行えて、待ち時間を有効に活用できるのだという。

ボクの記事を読んだ他郡の公選弁護局や弁護士たちからも、問い合わせが来ているという。iPadやiPhoneはセキュリティーがしっかりしているので、これからも独自のシステムを考えだす組織が増えてくるのではないかと思う。

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2011年7月28日

なでしこブームはいつまで続く?

ニュースを見ていると、日本中がなでしこブームに沸いているようだ。

なでしこリーグの試合には数千人の観客が詰めかけ、雑誌やインターネットなどでは、なでしこジャパンに学ぶ経営論などといった便乗記事を目にする。彼女たちの活躍からすれば当然のことだが、心配なのは熱気が冷めた時である。

日本人はメディアやワイドショーの作り上げたブームに弱い。ボクはこれを勝手に、「クリスピークリーム現象」と呼んでいる。新宿サザンテラスに同名のドーナッツ店がオープンした際に、ワイドショーを見た人々が連日、長蛇の列を作ったことにちなんでいる。(アメリカでもクリスピークリームが、発祥地の南部から全米に店舗を拡大し、ブームになった時期があるが、今では業績不振で店舗閉鎖に追い込まれている)

アメリカでも日本でも、女子スポーツを含めたマイナースポーツは、オリンピックやワールドカップといった一時の盛り上がりに支えられている。オリンピックで個人や団体がメダルをとった後は、一気に盛り上がるが、4年間もブームが続くことは少ない。だけどその間も、選手たちはお金を稼ぎながら、毎日トレーニングを行わなければならない。

数年前に、なでしこリーグから、ハイデザートのセミプロチームに移籍してきた女子サッカー選手に取材したことがある。なでしこリーグの選手たちは、サッカー好きの投資家とアルバイトや親からの支援に頼りながら、大学や高校を卒業してもサッカーを続けているのだという。

少しでもいい環境でサッカーをしようとする意欲のある選手は、アメリカの大学やリーグに飛び込んでいく。もちろん通訳などはいない。アメリカの大学でプレイするには、教室内でもしっかり勉強しなくてはならない。しかも英語での授業。

男子の野球やサッカーと違って、彼女たちにレールは敷かれていない。自分の道は自分で切り開くしかないのだ。まばらな観客たちの前で声を張り上げてボールを蹴る彼女たちは、スポットライトを浴びて大金を得るためにスポーツをしているのではない。ただ、サッカーが好きで好きでたまらないのである。

なでしこジャパン優勝の陰には、そんなドラマがあることを知ってほしい。

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2011年7月26日

空港で人間観察


アリゾナ州フェニックスの空港で、乗り継ぎの時間があるので、人間観察をしている。日本の空港との違いが見えて面白い。

日本でまず見かけないのが、公共の場で床に座り込んで読書をしたり、床に寝転がって、バッグを枕に睡眠をとる人。


それに、アメリカの空港はノートパソコン使用率が高い。コンセントが使い放題なので、電池切れの心配がない。最近でこそ、スマートフォンやタブレット、電子書籍リーダーが普及してきたが、それでもノートパソコンを使っている人は多い。


ボクは飛行機での旅行には、もっぱらiPadを持参する。機内で映画鑑賞や読書をするのに便利だし、ノートパソコンに比べて壊す心配も少ない。そして何より軽い。iphoneやipadのおかげで、今回のヒューストン3泊4日旅行も、小さなリュック一つですんだ。


こんなことを書きながら、iPhoneやiPadを充電している自分は、すっかりこっちの文化に順応してしまったのだろうか。

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2011年7月24日

忘れられたヤンキー

ニューヨークタイムズが井川慶選手の特集記事を掲載した。

日本球界でMVPと沢村賞、それにシーズン最多奪三振を三度記録した井川選手は、2007年にニューヨーク・ヤンキースに移籍。ヤンキースは2600万ドルを払って交渉権を獲得し、5年2000万ドルの契約を結んだ。しかし、制球難と被本塁打に苦しみ、2008年にマイナーに降格して以来、メジャーのマウンドには立っていない。

高額契約もネックになって、他球団からのオファーは途絶え、ヤンキースのトリプルAとダブルAを行ったり来たりしている。若い有望投手がどんどんメジャーに上がっていく中、32歳の日本人左腕は、トリプルA級スクラントンの通算勝利数や他の個人記録を塗りかえてきたが、それがメジャー昇格につながることはないと、キャッシュマンGMは断言した。

同GMは、井川選手のこの5年間を「災難だった。我々は失敗した」と振り返ったと、タイムズの記事は伝えている。「教訓は、日本人のピッチャーには気をつけなければならないということだ」とキャッシュマン氏は述べた。

辛辣なニューヨークのファンやメディアの間では、伊良部選手と並んで、井川選手を心ないジョークのネタにする者も多い。それでもメジャーという夢を諦めない井川選手を、タイムズの記者は、冷静な観察とインタビューを交えて紹介している。

アメリカに住んで数年になるが、未だに英語は片言。マイナーリーグでも、チームメイトやスタッフとの会話のほとんどは、ヤンキースの用意した専属の通訳を介して行う。プライベートについてはほとんど明かさない。スタジアムへはマンハッタンのアパートから、通訳の運転するレキサスで2時間以上かけて通勤。チームメイトの誰よりも早くアップを始めるのだという。

周りの人間は井川選手の辛い気持ちを気遣ってはいるが、本人は後悔はないと言う。不満や感情を見せないのは、いかにも日本人らしいと言ってしまえばそれまでだが、心の中では複雑な思いが渦巻いているはず。

スポーツのドラマはフィールドの上にだけあるのではない。

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2011年7月18日

女子ワールドカップ決勝を見ながら

<訂正>女子ワールドカップの第一回大会が1999年だと書いたが、第一回大会は1991年に中国で開催された。米国が初優勝を果たしたのが1999年のアメリカ大会。


女子ワールドカップの決勝戦を見ながらこの記事を書いている。アメリカの前半の猛攻を日本が耐え忍んでいる。

大会の放映権を持つESPNにとっては、願ってもない組み合わせである。

アメリカチームは、ブラジル戦でスポーツ史に残るカムバック勝利を収めて決勝に進んだ。アメリカが優勝した1999年の女子ワールドカップを見て育った選手たちが、自分たちの名前を歴史に刻むチャンスである。

地元開催での初優勝は米女子スポーツ界に大きな影響を与えた。当時の米チームの活躍は、1972年に施行された「タイトル9」という法律なしにはありえなかった。タイトル9は、スポーツを含めた教育の場において、男性と女性に平等の機会を与えることを義務づけた。男性に対する逆差別だという声をあるが、この法律が女性の社会進出を促したことは間違いない。

ロサンゼルスのスタジアムが9万人のファンで埋め尽くされた1999年大会決勝戦で、最後のPKを決めたブランディ・チャステインは、ユニフォームを脱ぎ捨ててガッツポーズをきめた

「あの瞬間を見た少女たちは、自分たちも『やった!』って叫んでガッツポーズをしてもいいんだって思ったに違いない」と彼女はインタビューで語った。

「女性は何をしちゃいけない」という社会的制約を破って、自分らしく生きる勇気を与えたということだろう。あの試合は、政治や法律が社会や個人の意識に変革を起こした証でもあった。

ところで試合はハーフタイムで0−0。日本は立ち上がり、アメリカのプレッシャーになかなかペースをつかめず、持ち味のパス回しにもミスが目立った。

ESPNの試合前の番組では、ドイツを破った日本チームの活躍を東日本大震災からの復興と重ね合わせて、大きく扱った。国民の期待に応えようとする日本代表が、まだ一度も勝てていない世界ランクNo. 1アメリカに挑むというシナリオは、彼女たちを応援したいという気持ちにさせる。

MF宮間あや選手が、地震で知り合いを失ったのは「とても悲しいですけど、その人たちの分まで、自分たちが楽しく生きなければいけないと、今は思っています」と話していたが、その通りだと思う。

どっちの国を応援しているのかと聞かれるが、いいサッカーの試合を見られれば、国同士の争いなどという小さなことはどうでもよくなる。それに男子サッカーにありがちな汚いファールがなくて見ていて気持ちがいい。

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2011年7月12日

覚せい剤で徹夜

裁判を傍聴していると、信じられないような話に出くわすことがある。

今日は2004年に起きた強盗殺人事件の公判を取材。検察によると、三人の男女が、ビクタービルのスーパーの駐車場にいた見知らぬ男性を銃で脅して誘拐。被害者を荒野で射殺し、所持金約200ドルとトラックを奪ったという。

被告人の女性は検察と司法取引を行い、罪状を認めて15年の刑に服す代わりに、仲間の男性二人の裁判で証言することを約束した。

彼女の証言によると、被告人たちは車内で被害者にショットガンを突きつけたまま、ファーストフードのドライブスルーに寄ったという。呆れ顔の検察官が、どうしてそんな状況で食事を食べようと思ったのかと聞くと、「分からないけど、お腹が空いていたから」と答えた。

被害者を殺した後、三人は友人の家で覚せい剤を使ってハイになったと彼女は述べた。その後、男性の一人はショットガンと盗んだタイヤ、マリファナを並べてなぜか記念撮影。見事、検察に証拠として提出された。

犯行に使われたと疑われるショットガンを被告人から購入した男性が証言したのだが、検察や警察の目の前で、「いつも覚せい剤でラリってたから、よく覚えてない」と笑いながら告白。陪審員の失笑を誘った。当時は数時間おきに打っていて、五日間連続で起きていたこともあるらしい。

裏世界を疑似体験する毎日だ。

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2011年6月29日

草むしり文化についてちょっと補足

前回のエントリーを読み返して、「石の上にも三年」ということわざが頭に浮かんだ。

大辞泉では、「冷たい石の上でも3年も座り続けていれば暖まってくる。がまん強く辛抱すれば必ず成功することのたとえ」だと紹介されている。

これって、冷たい石の上に3年も座っていたら、いつの間にか居心地がよくなって、別の場所に移る気力がなくなるってことにもとれる。

草むしり文化は、人をコントロールしなきゃならない企業や政府にとって都合のよい価値観である一方、実は我慢を実践する人にも、proactiveな決断から逃れる言い訳に使えてしまう。

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2011年6月28日

起業を阻む日本の「草むしり文化」

日本を離れて暮らしていると、美徳としていた価値観が絶対的ではないと気づくことがある。「我慢」がいい例。書き初めなんかだと、クラスで数人は選ぶ言葉。東日本大震災では、世界の人に賞賛された日本人の忍耐力だけど、考えずに無駄な我慢ばかりしていると、幸せや運が逃げていってしまうこともある。

こんな記事を読んだ。日本に起業家が少ないのは、求められる社会適応スキルに、くだらないことでも我慢してこなす力が含まれているからだというのが筆者の主張。

多くの国では、「好きなことだけをやって生きていけたらすばらしい!」というのが一般的な感覚です。ところが日本には、「やりたいことだけをやる」生き方を「わがまま」とか「不道徳なこと」とネガティブにとらえる社会通念があるのです。そして「人間は我慢が大事」とか、「好きなことしかやらないような奴は、人間ができてない」とさえ言われます。
こんな考えがあるかぎり、日本がシリコンバレーみたいになることはありえないでしょう。「嫌なことでも我慢すること」が「社会的に優れた資質」と見なされるような社会では、「自由に好きなことを追求しよう!」「くだらないことに耐え忍ぶのは人生の無駄だ!」という価値観を持つ人はアウトローであり、時には反逆者扱いされてしまうのですから。
 (連載「ちきりんの"社会派"で行こう!:日本に起業家が少ない理由」

これを読んで、高校野球の草むしりの文化が頭に浮かんだ。部員が100人近くいる名門野球部で、試合に出られるのは10人程。一年生はよほど上手でなければ、外野で球拾いか草むしりをして一年の大半を過ごす。この苦難を乗り越えられたものが、二年生になっても部活を続ける権利を得る。三年生になってもベンチ入りできる人数は限られているから、ほとんどの部員はスタンドで応援することになるが、それでも辞めないことが美しいとされる。

これがアメリカの高校だったら、まずはトライアウトで、ベンチにも入れないような希望者はふるい落とされる。チームに残れても、スタメンになれないと分かったら、野球に見切りをつけて、自分の能力が活かせるスポーツだけに集中する生徒も多い。ほとんどの学校には、新入生だけを集めて練習や試合をするjunior varsityというチームがあるから、一年を無駄にすることもない。これは個人だけじゃなくて、スポーツ界全体にとっても合理的な方法で、才能や人材の配分が日本よりも効果的に行われる。

職場でも似たような光景が見られる。日本では、下積みを経て、初めて一人前の社会人になれるという考えが浸透している。どんなに才能がある人でも関係なし。ボクも日本での部活動や仕事を通して、知らぬうちにそんな価値観が身に付いてた。オフィスでは、人が嫌がることを文句も言わずにやるんでありがたがられるけど、そのせいでチャンスをつぶしてるって思う時もある。

米国の職場だと、たとえインターンの学生でも、時間の無駄だと思う雑用をやらされ続けたら、さっさと辞めてしまうことがある。我慢することで希望の職につけるのなら別だが、先も見えないで嫌なことを続けるのは意味がないという発想。これは怠慢な人だけではなくて、野心の強い人にも見られる。

「やりたいことだけをやる」生き方は甘いと言われるけど、それを実践するのは「嫌なことでも我慢する」よりずっとエネルギーや努力が必要なのかもしれない。

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2011年6月13日

守るべき自由

ロータリークラブの友情交換プログラムでやってきた四人のアラブ人にインタビューした。彼らの目から見た、国際情勢、米国の姿を記事にするのが目的である。

参加者は皆、いかにも中東全土がテロの巣窟であるかのように報じる米メディアに不満を抱いていた。特にケーブルニュースは、事件の起きている場所にカメラを集中させ、センセーショナルに繰り返し映像を流す傾向にある。

また、エジプトの大手携帯電話会社で働く男性は、自社のモバイルサービスを利用する若者の手によって革命が起きたことを誇りに思っていると語った。

インタビューの最後に、ロータリーの代表者から、参加者の名前を伏せて記事を書いてくれないかと頼まれた。彼らの安全を守るためだという。うちの新聞を含め、アメリカのジャーナリズムでは原則、匿名の使用は許されない。上司と相談した結果、今回に限って名字を伏せるということで合意した。

ところが、記事を書き終わってから、参加者の一人から掲載を差し止めてほしいとのメールが来た。既にネット上に記事が掲載され、印刷も始まっているため、そんなことはできない。翌朝には、代表者からネットから記事を削除してほしいとの電話をもらった。どうやら参加者たちが、自国政府からの報復を恐れているらしい。ある女性は、不安によるストレスから吐いてしまったという。

結局、ボクの書いた記事をちゃんと読んだ参加者たちが、これなら大丈夫と判断したようで事態は収まった。

アメリカ人や日本人が当たり前の権利として享受する言論の自由だが、中東では自分の思っていることを表現することは危険の伴うことなのだという。実際にどれだけの弾圧があるかは別にして、市民に植え付けられた政府への「恐怖」が自由を奪っていることは間違いない。

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2011年5月22日

米メディアの国外ニュース報道

米国では新聞業界の衰退にともない、どの新聞も経費削減に躍起になっている。その大きな犠牲となっているのが、海外支局だ。インターネットに情報がありふれている今、どこの新聞も差別化を図ろうと、ローカルな報道に人材や資金を注いでいる。

アメリカン・ジャーナリズム・レビュー誌によると、1998年以降、20社が海外から完全撤退し、去年の七月時点で海外に支局を置いている米紙は11社のみ。2003年には300人以上いた特派員も、今や契約記者を含めても234人しかいない。アメリカで4番目に発行部数の多いロサンゼルスタイムズは、2003年の23支局から13にまで減っている。

東京にオフィスを構えているのは、ニューヨークタイムズ、ウォールストリート・ジャーナル、そしてワシントンポストだけというのだから、アメリカで日本の存在感が薄くなっているのも納得だ。

それに加えて、新聞やテレビでの国外ニュースの取り扱い自体も減少している。冷戦終結以後からその傾向は始まり、9/11テロで一時は増加したものの、再下降し始めている。

インターネットでグローバル化が急速に進む中、メディアのローカル化は、アメリカに根強く残る孤立主義にどう影響を及ぼすのだろうか。

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2011年5月16日

iPadでマルチタッチジェスチャーをオンにする方法

iPhoneならまだしも、大きな画面のiPadで、ホームボタンを使って操作するのは面倒だと感じている人は多いはず。

ボクもその一人だったが、つい最近、ホームボタンを押さずにアプリケーションを切り替えたり、ホーム画面に戻ったりする方法を知った。マルチタッチジェスチャーといって、画面を4、5本の指でつまんだり、スワイプするだけでアプリを切り替えられる。サファリのサイトを参考にしながらメールを送るようなマルチタスクにはとても便利。

操作方法
・アプリが開いた状態で、4、5本の指でピンチするとホーム画面に戻る
・4、5本の指で上下にスワイプすると、マルチタスクバーを表示
・4、5本の指で左右にスワイプすると、アプリを切り替え

最新のiOS4.3に搭載されているのだけど、なぜか標準では機能がオンにされていない。Macを持っていれば、パソコン上にXcodeというソフトをダウンロードするだけでいいが、残念ながらウィンドウズユーザーは、iPadをジェイルブレイクするか、Macユーザーに頼むしかないようだ。

今回はとりあえず、Macでマルチタッチジェスチャー機能をオンにする方法を紹介する。

1. まずはiPadのiOSが最新バージョンであることを確認する。そうでない場合はiTunesで更新する。

2. MacのApp StoreかアップルのサイトでXcodeを購入($4.99)、ダウンロードする。大きさが4GB程あるので、結構時間がかかる。

2. インストールが完了したら、iPadをつないでXcodeを起動。

3. すると次のような画面が表示されるはずなので、"Use for development"ボタンをクリック。ログインしろやら、エラーやら表示が出てもキャンセルを押す。

Courtesy of GottaBeMobile

4. 以上である。iPadの環境設定を確認すると、Multitasking Gesturesがオンになっているはず。

これに慣れてしまったら、もうホームボタンには戻れない。iPhone 4でも試してみたけれど、対応していないようだ。

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2011年3月30日

新聞コンテストに入賞

うちの新聞が、カリフォルニア新聞協会主催のコンテストに入賞した。発行部数2万5000以下の小規模日刊新聞部門で、1位か2位に選ばれたらしい。4月にロサンゼルスで開かれる授賞式で、最終結果が発表される。

他の州に比べて、新聞の数が多いカリフォルニアで選ばれたことは嬉しい。正直、同規模の新聞で、うちほど重大事件などのかたいニュースを報道しているところは、ほとんどない。しかも、報道記者はたった4人。記事の執筆と締め切りに追われる日々が、報われた気がする。

授賞式用に撮影した、報道局メンバーの写真

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2011年3月26日

世の中、いい人でいっぱい

裁判所で、スペイン語の通訳をしている女性に声をかけかけられた。

「あなたの地震のコラムを読んで、胸が痛んだわ。夫と相談して、日本の困ってる家族に寄付しようってことになったの。赤十字の募金だと、どこにお金が行くか分からないから、今度帰国する時に、あなたが直接、困ってる家族にお金を渡してくれないかしら」と言って、彼女は小切手を記入し始めた。

日本にいつ帰るかも分からないのに、そんなもの受け取るわけにはいかない。自分も寄付をした赤十字に送ったらどうかと勧めたけど、どうしても赤十字は信用できないらしい。

誰か寄付の使用目的が明確な支援団体を知っていたら、コメントかメールで教えてほしい。

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2011年3月22日

防災バッグに銃を詰めるアメリカ人

米メディアが、日本人の地震後の振る舞いを賞賛している。

史上最大規模の地震でもパニックや略奪は起きず、落ち着いた対処と規律のある行動がとれることに、アメリカ人は驚いているのだ。日本文化の専門家たちは、「和」の精神や「忍耐・我慢」といった日本人の美徳を、主な理由に挙げている。日本の「恥の文化」や、周りの目を気にする自己意識の強さも大きく影響しているだろう。

確かなのは、アメリカ人の間で、日本人は礼儀正しいという評価が一層高まったこと。

知り合いの弁護士がこんなことを言っていた。「日本人はすごい。ここなら間違いなく略奪が起こる。オレは地震が起きたら、食料と水と一緒に、真っ先にグロック(拳銃の名前)を荷物に詰めるよ」

日本で育ったボクは考えもしなかったことだが、アメリカ人が言うとジョークには聞こえない(彼もおそらく本気だろう)。

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2011年3月18日

アメリカから見る東日本大震災

日本だけでなく、世界を震撼させた東日本大震災。米国の主なネットワークは、地震の発生以来、津波の被害や福島原発の動向を、一日中トップニュースで流し続けている。

CNNやFox Newsといったケーブルニュース局のセンセーショナルな報道のせいで、日本人以上に恐怖におびえているアメリカ人も少なくない。日本から放射線が迫ってくるのではないかと心配して、抗放射線薬「ヨウ化カリウム」を買いあさる人々に対して、サンバーナディーノ郡は、パニックにならないよう呼びかけた

ボクもこっちにいると、インターネットがあるとはいえ、実際の状況を判断しづらいので、不安が助長されてしまう。大地震の当日は、なかなか家族に電話がつながらなくて、不安に駆られたけど、しばらくたって無事を知らせるメールが届いた。その家族からのメールをもとに、翌日は新聞にコラムを書いた。

日本に対して、国際社会の温かいサポートが寄せられているようだけど、こっちにいるとそれを肌で実感できる。ニュースを見たという友達や、コラムを呼んだ人々から、心配や励ましのメールが次々と送られてきた。

コラムの掲載された土曜日には、ボクのオフィス電話が鳴りっぱなしだったと、出勤した同僚が教えてくれた。週明けに裁判所に行くと、知り合いがみんな深刻な表情でボクに近づいてきて、ボクや家族が大丈夫かと尋ねてきた。

ほとんどのアメリカ人が日本の地理状況をつかめていないから、東京でも宮城や福島と同じような被害があると思ってしまうのかもしれない。

今回の大地震で、米メディアの手薄な対日取材体制が浮き彫りになったという記事を読んだ。地震から数日後には、アンダーソン・クーパーをはじめとする、各局のトップキャスターが日本入りしたけれど、発生直後はNHKの映像や日本との音声のやりとりを垂れ流しにする、お粗末な報道だった。日本に常駐の特派員を置くテレビ局や新聞社は今やほとんどない。

こっちで報道に関わる者として、米メディアの間で日本の扱いが、中国や朝鮮半島に比べて低くなってきていることは否めない。今回の大震災を乗り越えることで、日本の強さや魅力を世界に今一度アピールできることを願っている。

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2011年2月12日

エジプト人クリスチャンの苦悩

ムバラク大統領が辞任したというニュースを見て驚いた。こんなにも早く政権交代が進むなんて。Facebookやtwitterのようなソーシャルネットワークなくして、この革命は起こりえなかっただろう。インターネットが世界を変えるとはこのことだ。

今日は昼から、ハイデザートに住むエジプトからの移民たちとの座談会が予定されていたので、ボクにとっては見事なタイミングでの辞任だった。

集まったのは、全員がキリスト教信者。イスラム教徒が90パーセントを占めるエジプトで、クリスチャンは雇用から政治に及ぶまで様々な社会的差別を受けているという。多数派のエジプト人とはちょっと違った視点で、今回の革命を見守っている。

彼らは民主主義への動きを歓迎する一方で、イラン革命のようにイスラム原理主義者たちが政府をのっとるのではないかと心配している。独裁政治ではあったものの、イスラム原理主義活動を規制してきたムバラク大統領を支持するクリスチャンも少なくない。

あるエジプト系アメリカ人の若手弁護士は、「民主主義や自由が叫ばれているけど、イスラム国家で民主主義が成り立つのかは疑問。大多数が望めば、クリスチャンの大量虐殺だってありえない話じゃない」と話す。単なる多数決の民主主義なら、選挙によって多数派が少数派の権利を奪うことだって可能だ。

人々が信仰によって区別されるエジプトで、民主主義がどのように機能するのか。中東情勢から目が離せない。

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2011年2月11日

おすすめiPhoneアプリ1:快適に起きられる目覚まし時計

朝型人間からは程遠い自分にとって、目覚まし時計は欠かせない。通勤時間わずか5分なのに、毎朝つらい思いをしている。高校時代、よく6時前に起きていたなと、自分でも不思議になる。

そんな自分を助けてくれているのが、Sleep Cycleというアプリ。眠る前にiPhoneを電源につないだまま枕元において置くと、加速度センサーを使って寝返りを測定し、眠りの深さをモニターしてくれる。


人間は身体が眠っているのに、脳が活動しているレム睡眠で起きるのが一番楽だという。Sleep Cycleは、設定した時刻の30分前以内でレム睡眠状態の時に、静かなアラームを鳴らしてくる。しかもスヌーズ機能がついていて、二度、三度寝で設定時刻ピッタリに起きられる。


更には、睡眠時間や眠りの深さをグラフ表示で記録してくれるので、自分の睡眠パターンが見られて面白い。むしろ目覚まし機能よりも役に立っているかも。



本当に使えるのかと、最初は半信半疑だったけど、今では99セントでは安すぎるくらい重宝している。

ちなみにボクは、電話やメールで起こされたくないのと、電磁波の悪影響を避けるため、iPhoneを機内モードにしてこのアプリを使っている。

Sleep Cycle alarm clock - Maciek Drejak Labs

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2011年2月8日

警察・裁判担当は「人気」記者

裁判担当になって、人々の犯罪に対するの関心の高さを実感するようになった。うちの新聞のサイトで最も読まれる記事のほとんどが犯罪と裁判。おかげで警察担当のビアトリズとボクで、「人気」を二分している。

広報担当のいない裁判所はボクの独壇場。ほぼ全てがスクープ記事だから、よくAP通信に拾われてハイデザート以外の人にも読んでもらえる。

ボクの取材した最近のヒット記事。

・告発しない見返りに、逮捕した女性に性的行為を強要したと疑われる警官の裁判。検察の主張では、服を脱がせて上半身裸の写真を撮ったり、パトカーの中でオーラルセックスをさせたりしたという。弁護人いわく、結婚がうまくいってなくて寂しかったとのこと。 
・子どもが虐待されていたと疑われるギャング一家の予備審問。被害者の男の子(5歳)は、満足に食事や水を与えられなかったため、ガリガリの状態で発見された。発見されたときの写真では、体中に傷や火傷の痕が。 
警察の話だと、子どもはクローゼットの中で生活を強いられ、殴られるのは日常茶飯事だったらしい。ガレージに宙吊りの状態でベルトでめった打ちにされ、家にいる男性たちからレイプされたともいう。主犯の男は、日常的に奥さんに暴力をふるっていただけでなく、愛人や10人の子供たちとひとつ屋根の下に住んでいたというのだから、すさまじい家庭状況だ。 
・マリファナのパイプを2歳未満の男の子にくわえさせたカップル。知人がその様子をビデオに撮って、警察に提出したもんだから大騒ぎ。ビアトリズの書いた記事は、AP通信に拾われて、地元の新聞やテレビ局だけじゃなく、東海岸のワシントン・ポスト紙にすら掲載された。 
こういう事件は検察官にとっては大変だ。パイプに火がついていたわけでもなく、法律に照らし合わせると大した事件じゃないのに、おバカな親への世間の反応はすさまじい。普通に扱えば、刑が軽すぎると大バッシングを受けてしまう。酔って子どもにビールを飲ませようとする親など、世の中たくさんいる。

CNNのようなケーブルニュース局が、悲惨な事件をやたらにセンセーショナルに報道しているのを見て、以前は「一体、誰がこんなの見るんだ」とうんざりしていたけど、視聴者が興味あるんじゃしょうがない。うちの新聞もそうした読者に寄りかかって、何とかやっているんだから。

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2011年2月6日

facebookってどんな会社なの?

facebookの時価総額が6兆円を超えて、日本企業と比べるとトヨタに続いて2番目の価値があるという書き込みがあった。本当にそこまでの価値があるかは別として、その影響力はすさまじい。取材で知り合った70歳以上のおじいさんが、ボクに友達申請を送ってきたくらい浸透している。

ではそのfacebookとはどんな会社なのか。下の動画は、タイム誌がfacebookのプロフィール欄担当チームの一日を追ったもの。大学生のような社員たちが、ざっくばらんとしたオフィスで仕事をしている。



本社の写真を集めたスライドショー

60 Minutesというドキュメンタリー番組では、カジュアルな雰囲気の中でも社員同士の競争を促す様子が描かれている。ロサンゼルス・タイムズ紙の記事によると、Googleとfacebookの間で、優秀なエンジニアの取り合い・引き抜き合戦が繰り広げられているらしい。

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「ヤバい経済学」で見る世界

相撲の八百長疑惑で、経済学者スティーブン・レビット氏の"Freakonomics"(邦訳「ヤバい経済学」)が日本でも注目され始めたようだ。
Source: Amazon Japan

数年前の本だけど、ボクは数ヶ月前に読んで以来、ファンになった。ニューヨークタイムズ紙のウェブサイトでは著者たちのブログも読める。

テーマは経済ではなく、社会科学の基礎である統計学を使って、物事の真相を解明すること。

- アメリカで犯罪が激減した最大の理由は、警察の取り締まりが強化されたからでも、景気が良くなったからでもない。中絶が認められたからだ。
- 給料やリスクを考えると、麻薬のディーラーは全く割に合わない仕事である。
- 子供の成功は親が何をするかではなく、親が誰であるかによって決まる(これは遺伝という意味だけではない)。
- 相撲や学校の統一テストは八百長を助長する仕組みになっている。

これまで当たり前だと思われてきた常識に対して質問を投げかけ、データと論理でそれを覆す。その姿勢は、「マネー・ボール」で紹介されている、野球を統計学で分析するセイバーメトリックスと共通している。まさにクリティカルシンキングだ。

Source: Amazon Japan

人の行動は道徳だけで決まるわけじゃない。モラルもインセンティブ(動機)の一つにすぎず、たとえ間違っていると思うことでも、利益が大きかったり、クビがかかったりしていれば、やってしまうというのが人間というもの。相撲で八百長がはびこるのも、力士にとってそうした方が得するシステムになっているからにすぎない。

経済学というのは、人びとを動かすインセンティブを理解して法則を導き出し、未来を予想したり、国にとっての利益が最大になるような政策を考えたりする学問だ。

相撲もスポーツとしての道を選ぶなら、力士のインセンティブを理解して、八百長したら損をするような制度をつくらなきゃだめだ。

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2011年2月4日

見苦しい相撲協会の責任転嫁

メールという物的証拠が出てきたことで、相撲界の八百長がついに決定的となった。
大相撲の八百長疑惑で、2日の日本相撲協会の理事会の事情聴取に対し、十両の千代白鵬関、竹縄親方(元幕内春日錦)、三段目の恵那司力士の3人が関与を認めたことが3日、関係者の話で明らかになった。(スポーツ報知)
相撲の八百長はずっと前から疑われてきたことだけど、マスコミとの癒着もあって、うやむやにされてきた。

相撲協会は、メールのやり取りをしていた力士たちに責任をなすりつけようとしているけど、見苦しいったらありゃしない。八百長は力士のモラルの問題というよりは、相撲界の欠陥だらけの体制に原因がある。

アメリカでベストセラーになった、Freakonomics(邦訳「ヤバい経済学」)という本で、経済学者のスティーブン・レビットは、以下のように述べている。

本書は番付表に残れるかどうかが力士の将来にとってきわめて重要であることに注目する。そこには八百長をしても勝ちたい動機が確実にある。でも、それをどうやって調べようか? 著者はそこで、相撲の番付表から落ちかかっている力士と、そうでない力士との勝負を統計的に調べた。すると、同じ力士を相手にしていても、番付表に残れるかどうかを決める取組でだけ、異様に白星の率が高まる!
それだけなら、番付に残ろうとした力士が必死になって火事場のクソ力を発揮したのかもしれない。でもおもしろいことに、かれらが番付に残った後で同じ力士と対戦すると、今度は異様に負けが多くなる。さらにマスコミで八百長疑惑が取りざたされると、突然勝負はいつもの平均値に戻る。明らかに通常とはちがう工作が行われているわけだ。(山形浩生氏の書評より抜粋

要するに、番付けシステムそのものが、力士間の勝敗取引を促進しているのだ。八百長した方がしないよりも得する仕組みに全く手をつけず、証拠を突き出されたら、今度は力士個人に責任を押し付ける。
「これまでの問題とは質が違う。一部の人間の行為で何百人が迷惑を被っているのか。それを考えると、協会から追放するしかない」とある理事は憤った。(スポーツ報知)
NFLや日本サッカー協会のようなスポーツ組織の存在意義は、ズルや八百長をしたら損をするような仕組みを整えることにある。メジャーリーグがドーピングを黙認してきたように、日本相撲協会は、大事な役割をなおざりにしてきた。

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2011年2月2日

小規模メディアの葛藤

オフィスの留守番電話に、記事への苦情と編集長からの怒りのメッセージをいただき、ちょっと気が滅入った。

記者の仕事に苦情はつきもの。そのほとんどは読者の誤解や偏見の混じった意見なんだけど、時々こっちのミスじゃないかと思わせるような指摘があると、慣れてきたはずの今でも考え込んじゃう。

ジャーナリストの第一の使命は真実を伝えること。信頼されるためには、とにかく情報を正しく伝える必要がある。当たり前のことなんだけど、これがとても難しい。その思いは、むしろ経験を積みにつれて強くなってきている。公文書やデータが揃っているならまだしも、又聞きの話や噂はもちろんのこと、たとえ当事者の発言であってもそれが事実だとは限らない。

うちのような小さい日刊新聞だと、各記者が一日に二つか三つ以上の記事を書かなくちゃならない。予算の削減で、事実チェックを専門に行う校正担当もいなくなり、記事の内容を細かくチェックする余裕なんて正直いってない。それでも毎日、新聞は発行される。

言いたくはないけど、こうした状況で、自分の記事に100パーセントの自信を持つのは難しい。

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2011年2月1日

住宅バブル崩壊の縮図

今朝はビクタービルにケーブルニュース局MSNBCが取材にやってきた。リーマンショックの原因となった米国住宅バブル崩壊の縮図として、ハイデザートを取り上げたのだ。ボクは見逃したけど、お昼に放送された番組で、ボクの書いた記事のデータが使われたらしい。


最近、別の新聞に移ってしまった記者デーブの代わりに、ビジネスも担当するようになった。最初は不動産など全く興味がなかったけど、専門家と話すうちに、住宅問題とハイデザートは切り離せないことが分かった。

投機いわばマネーゲームによって異常なまでに高騰した米国の住宅価格は、2006年あたりピークに達した。穏やかな気候と広大な土地に恵まれたカリフォルニアやネバダ、アリゾナといった南西部の州は、特に急激な成長を遂げた。

ロサンゼルス都市部や海岸部の土地が高くなりすぎて住めなくなった人たちは、徐々に郊外へと移動。サンバーナディーノ郡には次々と新興住宅地が開発された。荒地だった場所が、わずか数年で大規模な住宅街やショッピングモールに変わっていった。

その勢いはサンガブリエル山脈を越えてモハビ砂漠へ。サブプライムローンという、通常の住宅ローン審査にはとても通らないような信用の低い人々に貸し出されたローンのおかげで、ほぼ誰もが家を買えた。銀行はちゃんとしたチェックをせず、借り手の自己申告した所得でローンを貸し出していたという。

南カリフォルニアで最も住宅価格の安かったハイデザートは、サブプライムローンに頼る低所得者がうじゃうじゃ。ハイデザートの都市は、全米でも有数の人口成長率を誇った。

もちろんそんなことが長続きするわけはない。いったん住宅価格が下がると、借り手は高額のローンを払えなくなった。仕方なく銀行は物件を差し押さえにかかったんで、ハイデザートは家を失った人たちであふれかえっている。

新聞やテレビのニュースで、日本でもしょっちゅう取り上げられる米国住宅バブル崩壊。せっかくアメリカに来る人には、ニューヨークやロサンゼルスのような観光地だけではなく、ハイデザートのような土地を訪れて、この国の本当の姿を実感してほしい。


MSNBCのホームページで、今日の番組が視聴できるようになっていたんで貼り付けておく。

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2011年1月31日

旅の社会科学

オレンジ郡のブレアという郊外の街を散策しに行った。ハイデザートから一時間ちょいとは思えないくらい緑が豊かでのどか。


雲一つない青空から太陽が照りつけて、病み上がりのボクも含めてみんなTシャツ姿。まだ一月だってのに。

アメリカ人がカリフォルニアに住みたがる理由が分かる。

帰りは高速を使わずに、下道を使ってオレンジ郡からサンバーナディーノ郡までドライブ。雄大なサンガブリエル山脈に向かって走るのは気持ちがいい。


内陸のサンバーナディーノ郡に入るにつれて、景色も変わってくる。オレンジ郡の住民はカリフォルニアでも有数の教育水準と所得を誇るが、サンバーナディーノ郡はその逆。

ハイデザートに向かうにつれて、徐々に街が廃れていく様子は明らか。小さくてオシャレな店やレストランは減り、大手のディスカウント店やファーストフード店が増える。

人種構成は、白人多数からヒスパニックだらけに変わる。ブレアで当たり前にいたアジア人は、サンバーナディーノではほとんど見かけない。

地域ごとの地理や経済状況が街の様子に反映されているのを観察するのが、ボクの旅の楽しみ方の一つだ。

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2011年1月30日

進むメディアの統合

うちの親会社のフリーダムコミュニケーションが、メディア・ニュース・グループ社と合併するかもしれないと、ウォールストリート紙が報じた。

いつものことながら、自社の大事なニュースは働いている社員には全く伝わってこない。社名の一部のはずのコミュニケーションは、どこへいったのか。自分たちのことを、他社にスクープされるのは恥ずかしい。

フリーダムが破産した時の債権者がメディアニュースの債権者でもあって、いくつか持っているメディア会社の統合を考えているとのこと。これは苦しい経営を迫られているメディア全般で起きている現象なんで、そう驚くことではない。

なんで職場で話題になったかというと、メディアニュースはうちの準競争相手であるサンバーナディーノ・サン紙を所有しているから。他にも近隣地域の新聞をいくつか持っている。もし親会社の合併が実現したら、近くの新聞同士の合併もありうるかも。少なくとも競争よりは、協力に変わっていくはず。

サン紙はサンバーナディーノ群全域をカバーしてると標榜してるけど、ハイデザートでの存在感は到底うちに及ばない。逆にうちは、ハイデザート以外の地区はほぼノータッチ。

若くて野心のある記者ナターシャは、もし競争がなくなったらつまらないとぼやいていた。ボクはというと、ニュースを聞いて始めに頭に浮かんだのが、もっとたくさんの人に自分の書いた記事を読んでもらえるかもしれないということ。それにサンと協力することで、もっと大きな仕事ができたり、いい記事が書けたりするかもしれないって思った。

どこまでも楽観的で危機感のない自分である。昔はもっと負けず嫌いなはずだったんだけど。


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2011年1月29日

郡の中央裁判所へおでかけ

早起きして、サンバーナディーノ郡の中央裁判所で、連続BBガン発射事件の公判を取材してきた。

ハイデザートを含むサンバーナディーノ郡は、大陸部アメリカ合衆国で最も面積が広い。郡庁所在地のサンバーナディーノまでは、ビクタービルから車で峠を越えて片道50分くらいかかる。中央裁判所へは、地元と関係のある大きな事件があると、たまに出かける。

サンバーナディーノ郡は、ロサンゼルスの近くや海岸沿いに住めない低所得者層がやってくるベッドタウン。それに合わせてギャングが引っ越してきたり、通りすがりの犯罪者たちが広大な砂漠に死体を棄てたりするんで、凶悪犯罪ニュースには事欠かない。

郡内には九つの地方裁判所があって、事件があると基本的には最寄の裁判所で扱われる。近くに人口の密集する中央裁判所は、普段ボクが通いつめるビクタービル裁判所の数倍はあるバカデカイ建物だけど、内装はやたらに古くてぼろい。サンバーナディーノの街の雰囲気といい、郡の金欠ぶりを猛アピールしている。

中央裁判所

今朝、取材したのは、郡内を走る高速道路で起きた連続BBガン発射事件。昨年、70台以上もの走行中の車の窓ガラスが割られた。数ヶ月経っても犯人が見つからないんで、カリフォルニア高速パトロール隊が業をにやして大捜索を行った。

覆面捜査官の目の前で、隣の車の後方ガラスを打ち抜いた犯人はその場で逮捕。ハイデザートで衛星放送の取り付け会社を経営する男性だった。しかも、奥さんが元うちの新聞社の社員。誰かに腹を立てての犯行という噂もあったけど、結局、動機は分からず。

司法取引がまとまったんで、今朝は刑の宣告が行われた。被告人の家族が約100万円の賠償金を支払ったのが確認された後、判事が懲役6年を言い渡した。被告人家族はノーコメントだったけど、法廷に来ていた奥さんは離婚を考えているらしい。

ちなみに、車に戻ると、ワイパーに駐車違反キップがはさんであった。どこまでも腹の立つ行政である。

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2011年1月28日

じつはすごいこと

iPhoneを使い始めてもうすぐ二年。もうこれなしじゃ生活できない。

どこでもインターネットに接続できるってのは、好奇心のかたまりである自分にとって最高の恵み。分からないことがあったら、すぐにグーグルのがクセになってる。

これってよく考えるとすごいこと。世界中の知がポケットに収まっちゃうんだもん。

子供の頃、人に聞く前に辞書で調べろと親に言われて、辞書を見つけるのが大変だから誰かに教えてもらったほうが早いのにって思ってた。でもたった10年で、自分で調べた方が誰かに訊くよりずっと早くて正確な情報を得られる時代になっちゃったんだな。

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2011年1月27日

ダウン

今の会社に勤めた三年間で初の早退・欠勤。情けない。

風邪がひどくて、昨晩はほとんど眠れなかった。一日休もうと思ったけど、五歳の男の子を拷問・虐待したギャング一家の予備審問があるんで、どうしても午前中だけはと自分に言い聞かせて、裁判所にでかけた。

そしたら検察官が告訴を提出し忘れてて、審問が直前で延期に。クーラーのガンガンにきいた法廷に座ってたら、症状も悪化。勘弁してもらいたい。

オフィスに行ったら、(いつものことだが)自分がいなくてもどうにかなると言われたんで、早退させてもらった。

体調管理のちゃんとできるプロにならねば。

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2011年1月26日

暴行犯にインタビュー

風邪と熱で頭が働かない中、暴行事件の審理を取材。タイレノールで熱は下がったけど、裁判所にいる間、ずっとボーッとしてた。

事件は、二週間前に二人の男が、被害者をバットでめった打ちにしたというもの。検察側が証拠を提示する日だったんだけど、その前に司法取引が成立してあっけなく幕引き。この程度の事件だと、検察や弁護人だけじゃなく、判事も取引で片づけたいというのが本音。

被害者のガールフレンドに話しかけると、どうやら三角関係が原因らしい。その女性は被告人の別居中の妻で、被告人は妻が浮気したのにキレて、被害者宅に押しかけた。

口論が殴り合いに発展。負けそうになった被告人を助けに、もう一人の男がバットを持って乱入。形成逆転した夫は、被害者にチョークホールドをかけ、もう一人がバットで殴り続けた。嫉妬は恐ろしい。

夫とその友人にはそれぞれ180日と270日の禁固刑が言い渡される。しかもストライクのおまけ付き。カリフォルニアでは、凶悪な犯行でストライクをもらうと、次に重罪を犯した時に刑が2倍になってしまう。ツーストライクで重罪を犯すと自動的に最低25年以上の不定期刑に処される。これをThree Strikes Law(スリーストライク法)という。

一方的な報道はしたくないんで、被告人である夫にも話を聞くことに。相手は一時の怒りで人を殺しかけた男。嫌な仕事である。

法廷の外で自己紹介すると、逮捕時の記事を読んだと言う。話しながら落ち着かないトラのように、ボクの前を行き来し、しかも微妙に口もとが震えているではないか。

やばい、しかも背が高い。思い込みのせいか、キレたら暴走するタイプにしか見えない。優しい顔とのギャップが恐怖を増幅させる。ピッコロ大魔王にインタビューする、天下一武道会のアナウンサー気分だ。

相手は被害者にやられかけた程度のやつだと自分に言い聞かせ、平静を装って質問を続けた。事件については話したくないみたいで、妻のことを今でも想っている様子。可哀想にすら思えてきた。妻の悪口を言い始めた付き添いの家族をとがめるなど、実はいいヤツだった。

早く立ち直って欲しい。

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お金が天から降ってきた

昨日、2010年度の確定申告を済ませた。

日本では給与所得者の場合、本人の代わりに会社が税金の清算を行ってくれるんで、確定申告を行うのは事業主くらい。でもアメリカだと、お金を稼いでいる人は、個人で確定申告を行う義務がある。毎年、4月15日が締め切りなんだけど、これが面倒くさいのなんの。

大学の財務論の授業についていけずに爆睡していた自分にとって、税金の書類なんてロシア語並みに意味不明。田園調布の小学生のお小遣い程度しか稼いでいなかった大学院時代ですら、「サルでもできる確定申告」サイトを5分で見限り、クラスメイトに代わりに入力してもらった。

今の会社で働き始めてからは、同僚に紹介してもらったフィリピン人会計士のおばちゃんに一存。おばちゃんの英語のなまりが強すぎて、80パーセントくらい何言ってるのか分からないけど、ちゃんと払いすぎた税金が戻ってくるので、気にしないようにしている。

おばちゃんに会っている時間はおそらく一年で5分足らず。それで70ドルは高いと思われるかもしれないけど、おかげで税金のことを考えるのは一年で5分で済んでいる。しかも今回は1000ドル以上、戻ってくるらしい。二週間くらい経って、確定申告など忘れかけた頃にお金が振り込まれるので、まさに天から幸せが降ってきた気分になれる。

プロいわく、アメリカ人は日々、いかに税金を節約するかを考えて生活しているらしい。
ただ、逆にいうと日本の場合は、節税の可能性が少ないともいえます。一方、米国においては、個人で申告を行なうことが義務付けられているため、非常に多くの節税の可能性があり、また税金対策を考慮に入れて、自らのファイナンシャルプランを考えることが、ごく当たり前のこととなっています。いかに税金を節約するか、米国民は日常から考えて行動しているといえます。
これは本当で、ボクの周りにも自分のことは自分でやるという意識が徹底している人が結構いる。

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2011年1月25日

コールドケース殺人事件:26年を経て

ハイデザートにはコールドコースと呼ばれる未解決事件が多いと、前に担当の刑事さんが言っていた。今はすごい勢いで人口が増加しているけど、20年くらい前までは、だだっ広い砂漠にぽつんぽつんと人が住んでいる程度で、犯罪が起きても目撃者や証拠は少なかったからだと思う。

今朝は1985年に起きた殺人事件の裁判初日を取材。被害者は寝室のベッドで裸で横たわった状態で発見され、死んでから数日経っていたので、体は腐敗していた。公判中に映し出された生々しい現場写真では、誰だか分からないくらいに顔がめちゃくちゃになっていた。

ベッドには精子が残されていたけど、当時の技術じゃDNA解析はとても無理ってことで、逮捕にはつながらなかった。それが科学の進歩によって、精子と今の容疑者のDNAが一致することが、25年の月日を経てようやく明らかに。アメリカでは殺人事件に時効はないので、数年前に発足したサンバーナディーノ郡のコールドケース班が事件を再調査し始めた結果だった。

コールドケースは事件から長い時間が経過しているので、証言者の記憶が曖昧だったり、亡くなったりしていることも多い。犯行現場も今とは随分と様子が変わっているかもしれない。今回の事件じゃ、被告人と犯人をつなげるのはDNA解析結果と状況証拠だけ。陪審員はどんな判決を下すんだろうか。

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2011年1月24日

現地採用は楽じゃない

日本でファーストリテイリングや楽天の国際化が話題になっている。どちらも英語の公用化に踏み切ったり、現地採用を増やしたりしているそうな。

これまでにも日系企業は海外進出を行ってきたけど、現地採用の職員を幹部起用するのは珍しいという印象。重要なポストは、日本から3、4年の期限付きでやってくる駐在員が占める。

裁判所で知り合った女性の息子さんが、ある日系企業に勤めているんだけど、どうにもモチベーションがあがらないらしい。聞くところによると、管理職は代わる代わる日本からやってくる駐在員が独占して、努力しても昇進の道は閉ざされているんだとか。

こういったやり方じゃ、キャリア志向の強い優秀な米国人は応募してこない。アメリカ人は仕事ができなくて、働かないと駐在員がよく愚痴をこぼしているけど、米国の雇用形態や文化を理解すれば、見方も変わってくるかもしれない。

日本で培われた企業理念やシステムを崩したくないという気持ちも分かる。でも文化や社会システムの違いを受け入れてこそのグローバル化じゃないかな。

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裁判取材の精神的負担

せっかくの週末なのに、熱が出て家に引きこもり状態。

ようやくホリデー気分の抜けた弁護士たちが、本格的に仕事に復帰し始めたせいか、裁判所が慌ただしい。水曜日から金曜日まで裁判所に缶詰めだった。一日に三、四つの審理を傍聴・取材し、5時近くにオフィスに戻って締切りまでに記事を書くという生活。休憩を取る暇もない。

しかも、毎日のように刑宣告があったので、被害者家族のスピーチや被告人とその家族の別れに立ち会わなければならなかった。

事業に失敗しお金に困って、全米中で偽造割引券を使って数万ドルを稼いだ65歳の男性は、懲役16ヶ月を言い渡された。手錠をされる直前に、結婚指輪をとって弁護人に渡し、涙を流す妻にレール越しにそっと別れの言葉をささやいていた。わずか数メートルながら、二人にとっては奈落の底くらい深い溝だっただろう。

未成年の教え子と性的関係を持った罪を認めたフィリピン人の高校教師は、重罪確定による国外追放の可能性を弁護人がきちんと伝えなかったとして、司法取引を無効にするよう判事に訴えた。約4時間に及ぶ主張は却下されたが、判事は最長365日の刑を364日に下げた。被告人の新しい弁護人の主張だと、懲役365日以上を宣告された外国人は自動的に国外追放になるとのこと。

宣告後に開示された裁判書類によると、17歳の被害者生徒が被告人に恋をしてしまったらしい。女の子は先生と性的関係を持ったことを否定し、今でも友人関係だと述べている。

法廷というのは、被告人にとって一生が決まる場。たとえ罪を犯した者であっても、誰かが苦しむ姿を見るのは辛い。だから審理の直前や最中に、弁護士や判事たちが談笑する光景には今でも違和感を覚えずにはいられない。

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2011年1月16日

話題の「ソーシャル・ネットワーク」

日本で「ソーシャル・ネットワーク」が公開され、話題になっているようだ。

ボクも数ヶ月前、こっちで公開された晩に同僚たちと見に行った。Facebookそのものが主眼ではなく、創設者マーク・ザッカーバーグの成功と喪失を描くヒューマンドラマ映画である。

裁判記録をもとにつくられているので、ストーリーの流れは事実に近い。ザッカーバーグは、どこか憎めないホリエモンといった感じで描かれている。個人的な見解だが、ソーシャルスキルに欠けるザッカーバーグにとって、facebookは他人との距離を埋めたいという願望の表れではないか。

日本人は匿名性を好むため、他国に比べてfacebookの浸透が遅いだろうと予想していたが、この映画によって日本でもユーザーが増えるはず。こういうサービスは、使う人が増えれば増えるほど使い勝手がよくなる。

自分はあまりfacebookを頻繁に利用する方ではないが、実は2004年の設立当初からのメンバーである。ボクがデューク大学に交換留学をしていた頃に、大学生同士を結びつけるサービスとして始まった。

MySpaceほどではないが、レイアウトがゴチャゴチャしていたり、くだらんつぶやきが多くて、mixiに比べて見る気が起きなかった。それでも最近は利用者が大学生以外にも広がって、メールに代わる連絡手段や写真の共有サイトとして、チェックする頻度が増してきた。逆に匿名性の強すぎるmixiは、あまり使わなくなった。

面白いのは、日本とアメリカの友達が同じ書き込みや写真を見ていること。これまで全く別だと感じていた二つの世界がつながり始めているようで、何だか嬉しい。


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2011年1月9日

レーシックのキセキ

年明け早々に、レーシックを受けた。両目でわずか20分足らずの手術だったけど、一日経って目を開くと、かれこれ15年近くもお付き合いしてきたぼやけた世界とは、全く別世界が広がっていた。昨日は天気が良く、アパートの窓からは、深い青空とサン・ガブリエル山脈の境界線がくっきりと見渡せた。

今のところ、コンタクト装着時と同じくらいか、もしくはそれ以上にまで視力が回復している。視力が完全に安定するまでには、3ヶ月近くかかるとのこと。このまま順調にいってくれることを願う。(ちなみにアメリカでは視力表示が日本と異なる。20/20が1.0にあたるらしいが、未だしっくりこない。)

以前から眼球体操や視神経マッサージなどの視力回復に取り組んできたが、レーシックは値段が高く、目にレーザーを当てることへの恐怖心もあって、現実的な選択肢には入っていなかった。でも、レーシックを受けた同僚や弁護士たちが、口をそろえて「人生が変わった」と言うので、昨年末とりあえず検査を受けてみることにした。

ハイデザートにはレーシックを行っている眼科がないため、オンタリオという町のレーザー視力矯正センターを訪ねた。一時間ほどの検査を行った結果、視力がある程度のところで安定していて、角膜も厚いので理想的な候補者だとお墨付きをもらった。日本円にして40万円と手術費は安くはないが、いつかは受けるのであれば、数年を無駄にせずにすむと自分に言い聞かせ、最先端の手術を受けることにした(イントラレーシック/PRKというらしい)。

幸いにも、かかりつけの眼科医が矯正センターと提携していたので、手術前後の検査を自宅の近くで行うことができた。手術の二日前に瞳孔径測定を行い、半日ほど両目が光に敏感に反応していた。

手術当日と翌日は休みをもらうことができたが、前日は仕事がたてこんで、手術は頭の片隅に追いやれらていた。おかげで余計な緊張は避けられた。

当日は運転して帰ることができないので、ルームメイトに矯正センターまで送り迎えを頼んだ。連れ添いは手術の様子を窓ガラスごしに見ることができるのだが、ルームメイトは恐れをなして控え室で待つことに。

スタッフの説明では、一人の医者が一日に17件もの手術を行うという。片目あたり10分弱なので、かなり儲かる商売に違いない。

客を脅かさんばかりの表記がしてある同意書にサインをし、手術費用を払った後、手術室の近くにあるソファに座って順番を待った。

ようやく順番がやってきて一台目の機械の下に横になると、はさみのようなもので眼球を固定され、「トータル・リコール」のシュワちゃんを思い出した。そして機械から発射される光を見ていたら、突然目の前が万華鏡状態に。看護師さんに次の台に移ってくださいと言われ、立ち上がるものの、目の前が曇って何も見えない。

「見えますか」と聞かれ、「見えるわけねーだろ」と言い返したかったが、待合室で看護師さんが美人だったと耳にしたため、とりあえず平常を装い、「いや、全く見えないんですが」と応えた。すると美人(だという)看護師さんが手をとり、次の台まで案内してくれた。気分は一瞬で、シュワちゃんからラッキーマンへと変わった。

二台目の機械に移ると、ついにレーザー光線が照射された。目で緑色の光を追うだけで、レーザー自体は見えず、照射音と焼け付くような匂いが漂ってきた。コンピューター制御になっているらしく、レーザーが狙っている箇所からずれると、動作が止まり、そこからすぐに再スタートできるという。信じられない精密さだ。

レーザーが終わると、手術医がはけらしきようなもので眼球をなでているのが見えた。何も感じないので、自分の目とは思えない違和感があった。医者と看護師が談笑しているのが聞こえてきて、緊張が和らいだ。

手術直後に目を開けると、プールの中にいるようにぼけてはいるが、手術前より断然遠くが見えるようになっている。直後の検査によると、毛細血管に若干の出血が見られたものの、問題なしとのこと。その日はすぐに寝て、できる限り目を閉じているようにと言われた。

ゴーグルを着けてルームメイトの車に乗り込み、乗車中はずっと目を閉じていた。家に着いてIn-N-Outのハンバーガーとフライドポテトをむさぼり、マットレスに横になった以降の記憶はなく、15時間ほど眠り続けた。睡眠薬を生まれて初めて飲んだが、絶大な効果である。

翌朝起きて、外の景色を確認したときは、はしゃぎたくなったというよりは、懐かしい感覚にとらわれた。こんなにモノが見えるのは、小学生以来かもしれない。

しばらくはこの感覚に慣れると同時に、目を酷使しないよう注意しなくては。

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2011年1月2日

あけましておめでとうございます

今年の年越しは、外務省勤めでスタンフォード大学院に留学しているICU時代の先輩とその奥さんが、南カリフォルニアにまで遊びに来てくれた。

仕事後の30日夜は、ボクのアパートで大学時代の写真や動画を見て、そのくだらなさをおかずに存分に笑った。大晦日にはロサンゼルスの観光スポットをいくつか回って、ホテルの部屋でカウントダウン。なぜかどの番組も、西海岸時間のカウントダウンに、3時間前のタイムズスクエアの様子を再放送していてガッカリした。



大学時代、一緒にバカ騒ぎばかりしていた先輩がもうすぐ父親になるというのは、時の流れを感じさせる。高校や大学の仲間というのは、歳をとっても仕事だけじゃなくて人生やプライベートについても気兼ねなく話すことができる。似たような目標や価値観を持った人間が集まって、友達になるからだろうか。

今年はおそらく自分にとって転機の一年になると思うが、家族や友達という変わらない存在がいるというのは、大きな励みである。

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