自己紹介

自分の写真

在米ジャーナリスト。オレンジ・カウンティ・レジスター紙で地域行政や調査報道を担当。アメリカで数少ない日本育ちの報道記者として、他にも現地の司法や経済、スポーツなど幅広く取材。カリフォルニア新聞経営者協会の経済報道賞、オレンジカウンティ記者団協会の調査報道賞などを受賞。ジャーナリズムコンテストの審査員を務め、アメリカの大学生や高校生にライティングやジャーナリズムの指導も行う。

2011年6月28日

起業を阻む日本の「草むしり文化」

日本を離れて暮らしていると、美徳としていた価値観が絶対的ではないと気づくことがある。「我慢」がいい例。書き初めなんかだと、クラスで数人は選ぶ言葉。東日本大震災では、世界の人に賞賛された日本人の忍耐力だけど、考えずに無駄な我慢ばかりしていると、幸せや運が逃げていってしまうこともある。

こんな記事を読んだ。日本に起業家が少ないのは、求められる社会適応スキルに、くだらないことでも我慢してこなす力が含まれているからだというのが筆者の主張。

多くの国では、「好きなことだけをやって生きていけたらすばらしい!」というのが一般的な感覚です。ところが日本には、「やりたいことだけをやる」生き方を「わがまま」とか「不道徳なこと」とネガティブにとらえる社会通念があるのです。そして「人間は我慢が大事」とか、「好きなことしかやらないような奴は、人間ができてない」とさえ言われます。
こんな考えがあるかぎり、日本がシリコンバレーみたいになることはありえないでしょう。「嫌なことでも我慢すること」が「社会的に優れた資質」と見なされるような社会では、「自由に好きなことを追求しよう!」「くだらないことに耐え忍ぶのは人生の無駄だ!」という価値観を持つ人はアウトローであり、時には反逆者扱いされてしまうのですから。
 (連載「ちきりんの"社会派"で行こう!:日本に起業家が少ない理由」

これを読んで、高校野球の草むしりの文化が頭に浮かんだ。部員が100人近くいる名門野球部で、試合に出られるのは10人程。一年生はよほど上手でなければ、外野で球拾いか草むしりをして一年の大半を過ごす。この苦難を乗り越えられたものが、二年生になっても部活を続ける権利を得る。三年生になってもベンチ入りできる人数は限られているから、ほとんどの部員はスタンドで応援することになるが、それでも辞めないことが美しいとされる。

これがアメリカの高校だったら、まずはトライアウトで、ベンチにも入れないような希望者はふるい落とされる。チームに残れても、スタメンになれないと分かったら、野球に見切りをつけて、自分の能力が活かせるスポーツだけに集中する生徒も多い。ほとんどの学校には、新入生だけを集めて練習や試合をするjunior varsityというチームがあるから、一年を無駄にすることもない。これは個人だけじゃなくて、スポーツ界全体にとっても合理的な方法で、才能や人材の配分が日本よりも効果的に行われる。

職場でも似たような光景が見られる。日本では、下積みを経て、初めて一人前の社会人になれるという考えが浸透している。どんなに才能がある人でも関係なし。ボクも日本での部活動や仕事を通して、知らぬうちにそんな価値観が身に付いてた。オフィスでは、人が嫌がることを文句も言わずにやるんでありがたがられるけど、そのせいでチャンスをつぶしてるって思う時もある。

米国の職場だと、たとえインターンの学生でも、時間の無駄だと思う雑用をやらされ続けたら、さっさと辞めてしまうことがある。我慢することで希望の職につけるのなら別だが、先も見えないで嫌なことを続けるのは意味がないという発想。これは怠慢な人だけではなくて、野心の強い人にも見られる。

「やりたいことだけをやる」生き方は甘いと言われるけど、それを実践するのは「嫌なことでも我慢する」よりずっとエネルギーや努力が必要なのかもしれない。

このエントリーをはてなブックマークに追加

0 件のコメント:

コメントを投稿