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在米ジャーナリスト。オレンジ・カウンティ・レジスター紙で地域行政や調査報道を担当。アメリカで数少ない日本育ちの報道記者として、他にも現地の司法や経済、スポーツなど幅広く取材。カリフォルニア新聞経営者協会の経済報道賞、オレンジカウンティ記者団協会の調査報道賞などを受賞。ジャーナリズムコンテストの審査員を務め、アメリカの大学生や高校生にライティングやジャーナリズムの指導も行う。

2011年7月24日

忘れられたヤンキー

ニューヨークタイムズが井川慶選手の特集記事を掲載した。

日本球界でMVPと沢村賞、それにシーズン最多奪三振を三度記録した井川選手は、2007年にニューヨーク・ヤンキースに移籍。ヤンキースは2600万ドルを払って交渉権を獲得し、5年2000万ドルの契約を結んだ。しかし、制球難と被本塁打に苦しみ、2008年にマイナーに降格して以来、メジャーのマウンドには立っていない。

高額契約もネックになって、他球団からのオファーは途絶え、ヤンキースのトリプルAとダブルAを行ったり来たりしている。若い有望投手がどんどんメジャーに上がっていく中、32歳の日本人左腕は、トリプルA級スクラントンの通算勝利数や他の個人記録を塗りかえてきたが、それがメジャー昇格につながることはないと、キャッシュマンGMは断言した。

同GMは、井川選手のこの5年間を「災難だった。我々は失敗した」と振り返ったと、タイムズの記事は伝えている。「教訓は、日本人のピッチャーには気をつけなければならないということだ」とキャッシュマン氏は述べた。

辛辣なニューヨークのファンやメディアの間では、伊良部選手と並んで、井川選手を心ないジョークのネタにする者も多い。それでもメジャーという夢を諦めない井川選手を、タイムズの記者は、冷静な観察とインタビューを交えて紹介している。

アメリカに住んで数年になるが、未だに英語は片言。マイナーリーグでも、チームメイトやスタッフとの会話のほとんどは、ヤンキースの用意した専属の通訳を介して行う。プライベートについてはほとんど明かさない。スタジアムへはマンハッタンのアパートから、通訳の運転するレキサスで2時間以上かけて通勤。チームメイトの誰よりも早くアップを始めるのだという。

周りの人間は井川選手の辛い気持ちを気遣ってはいるが、本人は後悔はないと言う。不満や感情を見せないのは、いかにも日本人らしいと言ってしまえばそれまでだが、心の中では複雑な思いが渦巻いているはず。

スポーツのドラマはフィールドの上にだけあるのではない。

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