自己紹介

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在米ジャーナリスト。オレンジ・カウンティ・レジスター紙で地域行政や調査報道を担当。アメリカで数少ない日本育ちの報道記者として、他にも現地の司法や経済、スポーツなど幅広く取材。カリフォルニア新聞経営者協会の経済報道賞、オレンジカウンティ記者団協会の調査報道賞などを受賞。ジャーナリズムコンテストの審査員を務め、アメリカの大学生や高校生にライティングやジャーナリズムの指導も行う。

2011年9月19日

記者の教える英字新聞の読み方

これまで多くの英語学習者に会ってきたが、英字新聞を読んでいるという日本人は少ない。

新聞は時事ネタの宝庫であり、ネイティブの使う表現が学べ、さらにはその国に住む人々の視点や価値観に触れることができる。しかも、アメリカの新聞社の多くは、インターネットに無料で記事を掲載しているため、英語の勉強に活用しないのはもったいない。

英字新聞や雑誌の記事は、子供から大人まで広く読んでもらえるよう、シンプルな口語表現で書かれているのだが、教科書で英語を学んだ日本人にとって、ネイティブの使う口語表現というのはむしろ理解しづらい。

だが、英語の論文と同じように、新聞記事にも形式が存在する。今回は実際に英字新聞の記者として働く者の視点から、英文記事の形式を解説し、読み方のコツを伝授する。

新聞というのは、朝の限られた時間や、ちょとしたスケジュールの合間に読まれることが多い。読者の大半は、一つ一つの記事を精読するのではなく、全体を流し読みする。そのため、書き手としては、見出しと書き出しで読み手を釘付けにすることに重点を置く。入りが肝心なのだ。

英語では、新聞記事の最初の1〜3段落をリード(leadもしくはlede)と呼び、大きく分けて次の二つの書き方がある。

1)要約リード
これは「誰が、どこで、いつ、何をした」のかという、記事の最も重要なポイントを、最初のセンテンス、もしくは数行で要約してしまう方法。最新の事件や、ニュース自体にインパクトのある記事で多く使われる。

次の文は、"Obama plan to cut deficit will trim spending by $3 trillion"(「オバマの赤字対策プラン、支出を3兆ドル削減」)という見出しのニューヨークタイムズ紙の記事の書き出しである。
WASHINGTON — President Obama will unveil a deficit-reduction plan on Monday that uses entitlement cuts, tax increases and war savings to reduce government spending by more than $3 trillion over the next 10 years, administration officials said.
見出しだけでも記事の内容は見当がつくが、リードを読めば、オバマ大統領が月曜日に赤字対策プランを発表し、社会保障の削減と増税、戦費の節約などによって、向こう10年間で3兆ドルの支出削減をするつもりであることが分かる。

この後で、プランの詳しい内容や、赤字問題の背景などが説明されることは、容易に想像がつく。時間のない人や、トピックに興味のない人は、次の記事に移ればよい。

2)具体例リード
いきなりネタばらしをするのではなく、ニュースの本質に関係した具体的エピソードから入る方法。特集記事や社会問題を取り扱うような記事で用いられる。読者の共感を誘ったり、「うーん、これは一体何のことだ」と興味を誘ったりして、続きを読ませる狙いがある。スペースに余裕のある雑誌記事でも、具体例リードが多く使われる。

次の文は、ボクが最近書いた、"Children battle growing waistline"(「ふくれるウエストに苦しむ子どもたち」)という記事の書き出しである。
Victor Garduno ate late at night and drank almost a gallon of soda every day with almost no exercise while growing up. 
When he reached 270 pounds at 17 years old, Garduno made a decision. 
“I was always a big kid,” Garduno said. “I just decided to change it because I was tired of people picking on me at school and everywhere.” 
Completely altering his lifestyle, Garduno lost 130 pounds in 10 months. His cousins, who hadn’t seen him in a few years, didn’t recognize him. He’s now 20 years old and weighs 150 pounds at 5 feet 10 inches tall. 
But Garduno’s success story may be an exception. Today, nearly one in three American children are overweight or obese. The prevalence of children who are obese has doubled over the past 20 years, while the number of obese adolescents has tripled, according to American Academy of Pediatrics.
ビクターという高校生は、ほとんど運動をせず、夜遅くに食事をして、毎日4リットル近くのソーダを飲んで育ったため、17歳で体重が120キロを超えてしまった。学校でいじめられるのが嫌で、ある日ダイエットを決意し、なんと10ヶ月で60キロの減量に成功。

これだけでもすごい話なのだが、第5段落で話題は、ビクターではなく、子どもの3人に一人が肥満であるという社会問題へと移っている。導入部分は、インパクトのあるエピソードで、読者の興味をひきつけるのが目的だ。

そして具体例リードの直後には、通常、「どうしてこの記事を読む必要があるのか」を説明するナットグラフ(nut graph)という段落が続く。ここでは第5段落がナットグラフにあたる。

要約リードは一目で重要なポイントが分かるが、具体例リードを用いる記事では、ナットグラフを見つけられるかがカギとなる。ナットグラフを理解できてしまえば、残りの解説部分も意味を推測しやすくなるからだ。

英字新聞を読む際は、見出しと導入部分に目をやって、まずは要約リードなのか具体例リードなのかを判断。具体例リードならば、ナットグラフを探すという訓練をするとよい。

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2011年9月18日

熱い数学者

テネシー大学でルームメイトだった数学者の小林雅人さんが本を初出版された。


雅人さんとは、数ヶ月の共同生活で狭いベッドルームをシェアし、毎晩遅くまで文化論や教育論などを語り合った仲である。数学科の博士課程で学んでいた彼は、常に数学のことばかり考えていて、アイデアが浮かぶと、食事の途中でもペーパーナプキンに数式を書き出したり、パーティーを抜け出したりしていた。

英語力向上のため、ボクとは英語でしか話さないと決め、たとえ日本人の友達といる時でもボクとは英語で会話していた。朝は早起きをして、ボクがすすめた英語のテキストとCDを使って朗読。そして昼間は、カフェやオフィスにこもって数学の研究をしていた。

変わり者と言われようとも、ひたすら我が道を進み、何事にも情熱を持って取り組む姿勢には、ボクも刺激を受けずにはいられなかった。あの数ヶ月がボクに与えた影響は大きい。

著書のタイトルは、「あみだくじの数学」と一見分かりやすそうだが、読んでみると中身は思い切り専門的で、高校数学で落第しかけた自分には理解不能だった(なので一般の方にはおすすめできない)。数学の勉強方法を解説する章は、表現までが本人丸出しで思わず吹き出してしまった。

「勉強する時は、時間は短くてもいいから、集中しよう。"黄金の時間"を作ろう。勉強するためだけの時間。何人たりとも邪魔することは許されない。電話や宅急便や選挙カーの演説などはすべて"敵"だ。」(極端なところは全く変わっていない)

「数学の研究に必要なものは、まず自信。次いで集中力と持久力。本気で取り組むと、脳が汗をかくほど考える経験をすることになる。」(一日中、数学の勉強した後、にやつきながら、「脳が汗をかいた」とぶつぶつ言っていたのを思い出す)

東工大と埼玉大で講師をしながら研究を続けている雅人さんが、わざわざ米国に著書を送ってくれたことに感謝である。ボクも負けないように頑張りたい。


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2011年9月13日

9・11を振り返って

米同時多発テロ特集の一部として、新聞に、「海の向こうの9・11」というコラムを書いたので、訳を載せる。



ボクが夜遅く大学から帰宅するなり、父が玄関まですごい勢いでやってきて、ニュースを見ろと言った。テレビをつけると、地球の反対側で二機の飛行機が高層ビルに突入していた。ちょうど10年前のことである。

「信じられないような映像をご覧いただいていますけれど、これは現実の映像です」とニューヨークにいる日本人記者が説明した。

大手テレビ局は、ニューヨークとワシントンからの生映像を流し、CMを全面休止して終夜放送を行った。

次の日、学生たちの間では、テレビで見た悲惨な映像の話題で持ち切りだった。同時多発テロで亡くなった24人の日本人に、大学の卒業生が含まれていたことは後で知った。あの日、命を落としたおよそ三千人の犠牲者のうち、約370人が外国人である。

ボクは、なぜ9・11(米国では、9月11日というと、あのテロ事件を指すようになった)が起きたのか、答えが欲しかった。あの日は、ボクが大学でアメリカ研究を専攻する一つの要因となった。

祖父母を含め、多くの日本人が米国に旅行することを恐れていた時期、ボクはデューク大学に留学することを決めた。もっとアメリカという国について知りたかったからだ。

イラク戦争が始まった数ヶ月後に、ボクはデュークに向けて出発した。片道航空券しか持っていなかったからだろう、止まった空港の全てで、運輸保安局の職員から徹底的な身体検査と手荷物チェックを受けた。他の乗客が横を通り過ぎていくので、恥ずかしかった。

米空軍の予備役将校訓練課程に所属する田舎町出身のルームメイトと暮らし、アメリカ人の大学生たちと歴史や政治について語り合うことで、アメリカという国が、9・11によって、日本人には想像できない程の傷を負わされたのだと思い知らされた。

その年のクリスマス休暇はニューヨークで過ごした。どうしてもニューイングランドではなく、ニューヨークに行くのだと言い張った当時の彼女に感謝である。テロから2年が経ったグラウンドゼロは、空き地のままだった。

大晦日には、凍える寒さのタイムズスクエアで、7時間も立ち続けてカウントダウンを待つはめになったが、それだけの価値はあった。周りの人たちと震えながら文句を言っているうちに、世界中に友達ができた。

カウントダウンの直前、何十万もの多様な人々が「God Bless the USA」という愛国歌を熱唱し、テロから立ち直ろうとする街に響き渡った。ボクはニューヨークという街に恋をしてしまった。

                                     

再び米国に戻ってきて、6年が経つ。

日本の食べ物や公共交通機関が恋しくなることはあるし、日本にいれば病気になっても医療費の心配をする必要もない(米国の医療費は高くてかなわない)。日本にいる家族や友人にもなかなか会うことができない。

それでもボクはアメリカに住んで仕事をするのが好きだ。ボクにとって魅力なのは、この国に住む人たちが、お互いをありのままの個人として受け入れようとする寛容さである。

数ヶ月前にニューヨークを訪れた時、そこら中でゲイや人種間カップルが手をつないで歩いている光景が微笑ましかった。

一つ屋根の下、ボクがご飯に臭い納豆を食べている横で、ルームメイトがハンバーガーとホットドッグを焼いて、一緒にヤンキースの試合を見るなんてことも当たり前。

さらには、ボクのように英語を第二言語として学んだ者が、プロの物書きになるチャンスを与えられるのだ。

真珠湾攻撃で強制収容所に送られた日系市民が、9・11の後、ムスリム系市民を支持したことを聞いて、誇りを感じられずにはいられなかった。未だに偏見と戦わなければならないムスリム系アメリカ人が、自由こそが彼らをアメリカ人にするのだとボクに言った。

合衆国憲法に記された理念こそが、世界の隅々から人々を引き集め、人々をテロの恐怖から解放するのである。

この日曜日、ボクはおそらく国旗を掲げはしないだろうが、自分にとって9月11日がどんな意味を持つのか、静かに振り返ってみようと思う。

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2011年9月11日

服が大きすぎる

最近、順調に痩せてきていることもあって、こっちで体に合うサイズの服を見つけるのに一段と苦労している。

若者向けのブランドならまだしも、スポーツ店なんかに行くと、Sでも大きいくらい。周りの客を見れば、それも納得なのだが。

日本では体格のいいほうなのに、こっちだとみんなにスキニーだと言われる。国民の1/3が肥満というアメリカの現実を身をもって感じる。

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2011年9月5日

運命の出会い:ボクとMac

スティーブ・ジョブズの辞任が大きな話題になった。日本でもジョブズに学ぶ経営術やらプレゼン術といった記事や本があふれている。iPhoneやiPodといったアップル社製品を使っている人はもう珍しくない。

でも、つい数年前まで、Macを使っているのは一部の愛好者だけで、ジョブズの名前を聞いたことがある日本人もあまりいなかった。

ボクがMacを愛用するようになったのは、大学でアメリカに一年間の交換留学をした時だ。子供の頃は、家にあったMacを使っていたが、いつの間にかWindowsに取って代わられていた。

ところが、デューク大学のコンピュータストアを初めて訪れた時、店頭に並んでいた銀色のノートパソコンを見て、心に衝撃が走った。

「なんて美しい機械なんだ」

スーパーのおもちゃコーナーに惹き寄せられる子供のように、いつのまにかその機械の前に立っていた。どこからともなく、色白のもやし君が隣にやってきて、「これは最新のOSを搭載したPowerBookなんだよ」と解説をし始めた。

彼がExposé機能を見せてくれた時、そのクールさに思わず声を上げた。彼が再び、今度はスローモーションでExposéをデモンストレーションしたので、ボクは"What was that?"(「今のは一体、何なの」)と興奮して聞いた。

Windowsが犬の糞に見えるほど美しいフォントとデザイン。細部までこだわり抜かれた使い勝手。一目惚れとはこのことである。

勝手に解説を始めた彼によると、これはMacなのだという。そして誇らしげに名刺を差し出してきた。

彼の肩書きは、デューク大学のアップル社キャンパス代表。聞こえはいいが、アップルが大学で自社製品を宣伝するための、いわば使いっ走りである。だがアップルを愛するオタク学生にとっては、無給だろうが、社割がなかろうが、アップルの代表という肩書きさえもらえれば至福なのである。

しかも彼の名前は、ボクと同じトム。まさに運命である。

ボクはいったん寮に戻った。部屋には日本から持ってきた東芝製ノートパソコンがある。買ったばかりだ。でも10分の道のりでボクの頭の中にあったのは、PowerBookに刻まれたリンゴマークの微笑みだけである。

当時のボクは完全に親の脛をかじっていた。しかし、恋する学生にとって、そんな事実に抑止力はない。

ボクは走り出していた(というのは大げさで、おそらく周りの目を気にして早歩きだった)。親が教育のためにと貯めていた資金をボクは惜しみなく差し出し、PowerBook 12インチを購入した。これを聞いた母親の反応は、恥ずかしくてここには書けない。

その日は徹夜でMacに向かった。一つの操作を覚えるとそれが他のソフトでの作業にも応用できるところがMacの魅力である。ほぼ一日で基本操作はマスターしてしまった。

初めてジョブズの基調講演も見た。文字だらけのスライドに疑問を抱いていた自分にとって、まさに理想とするプレゼンテーションだった。インターネットの動画で、ジョブズのプレゼンを何時間も研究した。ビジネスのクラスでは、一人だけ発売されたばかりのKeynoteを使って、写真と図を駆使したプレゼンを行った。慣れない英語でのスピーチだったが、ジョブズになりきる自分に酔いしれていた。

その後のボクとMacについては、チープな恋愛映画にもならないくらいののろけ話になるので割愛するが、PowerBookとジョブズがボクの人生の幅を広げてくれたというのは誇張ではない。

PowerBookを8年間使い続けて、最近ついにMacBook Proに買い替えた。ジョブズの辞任と同じ時期というのは偶然だが、ボクにとっても一つの時代が幕を閉じたということだろう。

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